初出 第32回全国平和教育シンポジウム 2004年8月2829日 会場:長崎大学

2004年5月13日作成 200812月4日改訂

第3分科会 自然科学教育と平和・環境の問題

劣化ウラン弾の問題をどう学習するか

戸田清(長崎大学環境科学部)

私は「理科教育の専門家」でも「自然科学者」でもありません。大学での専攻は生物学、大学院での専攻は社会学です。現在の専門分野は環境社会学、平和学、科学史です。理系の講座ではなく文系の講座に所属しています。

1.劣化ウランという言葉

多くの人は湾岸戦争(1991年)で劣化ウラン弾が使われたという報道で、「劣化ウラン(depleted uranium、略称DU)」という言葉を知った。しかし、これは新しい言葉ではない。岩波理化学辞典で「劣化ウラン」を引くと、第二版増補版(1958年)にはまだないが、第三版(1971年)以降に出てくる。

2.劣化ウランと原発

劣化ウランという言葉の登場は、原子力発電(原発)の歴史と符号する。天然ウランの使用は劣化ウランと関係ない。濃縮ウランをつくるときの副産物として劣化ウランが出る。日本の原発1号(東海村の日本原子力発電東海1号)は1966年で、天然ウランを燃料とした。日本の軽水炉原発1号(福井県の関西電力美浜1号)は1970年で、濃縮ウランを燃料とする。東海1号は運転を終了し、現在52基(2004年)ある原発はすべて軽水炉(濃縮ウラン使用)である。「ビキニ被災者が原発導入の人柱にされた(見舞金で我慢する、核実験に反対しない、代わりに原発技術供与)」ことも覚えておこう(大石又七『ビキニ事件の真実』みすず書房2003)。

「原発が1年間に放出する放射能を核燃料再処理工場は1日で出す」と言われるが、日本原燃(本社・青森県六ヶ所村)は六カ所再処理工場(手抜き工事多発で問題になった)で、米国から導入する劣化ウランを用いた設備試験(ウラン試験)は、たびたび延期の後、20041221日に開始された。次は核廃棄物を用いた試験に入ろうとしている。このままでよいだろうか?

3.ウラン濃縮と劣化ウラン

天然ウランに含まれる主なウランは、ウラン238(核分裂しにくい、半減期45億年)とウラン235(核分裂しやすい、半減期7億年)がある。ウラン濃縮によって、濃縮ウラン(ウラン235の濃度が天然ウランより高い)と劣化ウラン(ウラン235の濃度が天然ウランより低い)ができる。濃縮ウランが目的物、劣化ウランが廃棄物である。濃縮ウランには高濃縮ウランと低濃縮ウランがある。高濃縮ウランはウラン原爆に、低濃縮ウランは核燃料(発電所、船舶)に用いる。戸田2003参照。「使用済み核燃料(減損ウラン)」(プルトニウム等が含まれる)もDUというので紛らわしい。核燃料再処理工場から出るものは「回収ウラン(recycled uranium)」という。

4.劣化ウラン兵器と核兵器

原爆と水爆を「核兵器」と呼ぶとすれば、劣化ウラン兵器は核兵器でない。それでは、劣化ウラン兵器は「通常兵器」であろうか。核兵器、化学兵器、生物兵器以外の兵器を通常兵器と呼ぶとすれば、通常兵器には大量破壊兵器(たとえば大型爆撃機)も含まれてしまう。広島・長崎の原爆だけでなく、ドレスデン大空襲や東京大空襲(1945年)では、「通常兵器」によって万単位の市民が殺された(こうした「軍隊による犯罪」だけでなく、関東大震災時の朝鮮人虐殺のような「官民一体の犯罪」にも留意しておきたい)。NGOはしばしば劣化ウラン兵器を「準核兵器」「放射能兵器」と呼ぶ。劣化ウラン兵器を「小型核兵器」と呼ぶ人もいるが、ブッシュ政権が開発している小型核兵器と紛らわしい。とはいえ、劣化ウラン兵器は「核」の「兵器」ではある。物質の反応は、化学反応(原子核が変化しない)と核反応(原子核が変化する)に分けられる。初等中等教育の理科実験では、化学反応のみを扱う。核反応は、核分裂(軍事利用が原爆と軍艦原子炉、民事利用が原発と船舶原子炉)、核融合(軍事利用が水爆、民事利用の見通しはたたない)、核崩壊(放射性物質でみられる)に分けられる。劣化ウランは放射性物質である。

ロザリー・バーテルはICBUWの広島会議(2006年)で「1ミリグラムのウラン238」が1日に100万回以上アルファ崩壊することに加えて、自発核分裂(年に2回)の際にはアルファ崩壊の時の40倍の大きなエネルギーを出すと指摘した。ラドン、ラジウム、ポロニウムなどと異なり、劣化ウランは「核兵器の要素」も持っている。

5.劣化ウラン兵器はなぜ使われるか?

廃棄物であるからコストが安い。重いので貫通力が強い。命中精度が高く、飛距離も大きいという。弾道が放物線よりも直線に近いからである。貫通力の大きいタングステンはコストが高い。

6.劣化ウランの放射能は安全なのか?

劣化ウランの主成分はウラン238である。出す放射線はアルファ線であるから、破壊力が大きいが、半減期が長い(45億年)ので放射線を出す頻度が小さい。だから安全なのであろうか。劣化ウラン弾に使われる劣化ウランは200300グラムである。高校理科で学習するアボガドロ数で考えてみよう。ウラン238238グラムあるとしよう。そのなかに含まれるウラン原子の数は6×1023である。半減期のあいだに崩壊する原子の数は3×1023である。45億年で割ると、1年あたり6.67×1013である。それを365日で割ると、1日あたり1.83×1011である。他方、尿中に1リットルあたり15マイクログラムの劣化ウランがあると危険という(藤田・山崎監修2004)。米陸軍で劣化ウラン兵器の専門家であったダグラス・ロッキー博士(退役少佐)はその100倍汚染していた。238グラムと15マイクログラムの比をとって計算すると、崩壊する原子の数は1日あたり1.15×10つまり約1万である。体内に入った酸化ウラン粉末によって1回の被曝をしても、ガン抑制遺伝子が1つ破壊されるかもしれない。単純計算で1日に1万回の被曝が安全とは言いにくい。

ウランもプルトニウムも重金属毒性(腎障害など)と放射能毒性をあわせもっており、原爆被爆者と劣化ウラン被曝者の健康影響の違い(御庄・石川2004参照)は、重金属の量の多さとも関係があろう。

7.酸化ウラン粉末の危険性

使用前の劣化ウラン弾は手袋をして慎重に扱えば危険性は大きいとはいえない。アルファ線は、破壊力は大きいが透過力は小さいからである。しかし標的に命中して燃焼し、酸化ウランの粉末になって体内に入ると危険性は大きい。また大気中や地下水によって遠く運ばれるかもしれない。

8.繰り返し使用

湾岸戦争(1991年)、ボスニア(1995)、コソボ(1999)、アフガニスタン(2001)、イラク(2003)で劣化ウラン兵器が使われた。湾岸戦争では300トン、アフガニスタン戦争、イラク戦争ではそれ以上と言われる。

9.白血病などとの関係

イラクにおける小児白血病などの急増は、劣化ウラン汚染との関係が疑われている。本多2002、劣化ウラン禁止ヒロシマ・プロジェクト2003、戸田2003、御庄・石川2004などを参照されたい。劣化ウラン被曝者の症状は入市被爆者の症状に似ていると言われる。どちらも内部被曝の影響が問題となる。

10.国際社会

国連人権委員会は、1996年と1997年の決議で、「核兵器、化学兵器、燃料気化爆弾、ナパーム弾、クラスター爆弾、生物兵器、劣化ウラン兵器」を代表的な「大量破壊兵器」と呼んで廃絶を求めている。2001年には欧州議会が劣化ウラン兵器の禁止を求める決議を採択している。嘉指2004参照。

11.民事利用

劣化ウランの民事利用もある。航空機のカウンターウェイトがよく知られている。日航機事故(1985)やガルーダ航空事故(1996)でも汚染が懸念された。高速増殖炉のブランケット燃料にも使われる(劣化ウランから超兵器級プルトニウムへ)。高速増殖炉とは、原子炉級プルトニウム(炉心燃料)を消費して超兵器級プルトニウムを生産する装置であり、藤田祐幸はこれを「マネー・ロンダリング」をもじって「プルトニウム・ロンダリング」と呼んだ。2008年現在、政府は高速増殖炉もんじゅ(1995年のナトリウム漏れ事故以来止まっている)の運転再開を目指している。青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場では、2005年に劣化ウランを用いて「ウラン試験」を実施した。2008年現在本格操業をめざしているが、ガラス固化などが難航している。

12.劣化ウランと煙草

ウランという元素は身近にも多い。リン鉱石には比較的多くのウランが含まれる。ウラン鉱石の10分の1の濃度という大量のウランを含むこともある。タバコという作物はリン酸肥料を大量消費する。タバコの煙には、ウラン238の崩壊産物であるポロニウム210(半減期138日)が含まれる。ポロニウム210によるアルファ線被曝は、喫煙による肺癌、喉頭癌の原因の一部をなしている。核兵器、劣化ウラン、原発に反対する人は率先して禁煙しなければならない。

●文献

伊藤和子ほか『「劣化ウラン弾」ってなに?』劣化ウラン弾廃絶キャンペーン・東京2004年。たんぽぽ舎発売。

伊藤政子「国境を超えて拡がる劣化ウラン兵器の被害と廃絶運動」『技術と人間』2002年1・2月合併号

今井紀明『ぼくがイラクへ行った理由』コモンズ2004

エンゲルス、メアリー・ルイーズ『反核シスター ロザリー・バーテルの軌跡』中川慶子訳 緑風出版2008

嘉指信雄「<ヒロシマ発 日本政府への反論> 劣化ウラン兵器廃絶への道」『世界』2004年5月号 岩波書店★

嘉指信雄「抑圧された「劣化」ウラン兵器問題」『季刊軍縮地球市民』創刊号、2005年6月、明治大学軍縮平和研究所。

鎌仲ひとみ・金聖雄・海南友子『ドキュメンタリーの力』子どもの未来社・寺子屋新書2005年。

きくちゆみ「ルポ 劣化ウランにNO! アメリカ市民の闘い」『世界』2003年5月号 岩波書店★

楠山忠之『結局、アメリカの患部ばっかり撮っていた』三五館2004

国際行動センター『劣化ウラン弾』日本評論社1998年★ 英語原書は1997

三枝義浩『汚れた弾丸−劣化ウラン弾に苦しむイラクの人々』講談社コミックス2004年(『少年マガジン』連載の単行本化)★

佐藤乙丸「劣化ウラン弾について」『平和文化研究』第27集、長崎総合科学大学平和文化研究所2005年3月。

田城明『知られざるヒバクシャ:劣化ウラン弾の実態』大学教育出版2003年★

田城明『現地ルポ 核超大国を歩く』岩波書店2003

豊崎博光「見えないヒバク−劣化ウラン弾使用・製造禁止の国際条約を」『軍縮問題資料』2004年8月号

豊田直巳「湾岸戦争後も続く苦しみ:イラクで出会った人たち」『朝日新聞』20021116

豊田直巳『写真集 イラクの子供たち』第三書館2002

戸田清『環境学と平和学』新泉社2003

野口邦和・矢ヶ崎克馬「特別セッション 劣化ウランの放射線影響」『日本科学者会議第15回総合学術研究集会』2004

NO DUヒロシマ・プロジェクト/ICBUW[ウラン兵器禁止を求める国際連合]編、嘉指信雄・振津かつみ・森瀧春子責任編集『ウラン兵器なき世界をめざして ICBUWの挑戦』NO DUヒロシマ・プロジェクト発行、合同出版発売、2008

野村修身「劣化ウラン弾 恐怖の準核兵器」『月刊オルタ』1999年6月号 アジア太平洋資料センター

白六郎『マンガ版劣化ウラン弾 人体・環境を破壊する核兵器!』藤田祐幸・山崎久隆監修 合同出版2004年。★

バーテル、ロザリー『戦争はいかに地球を破壊するか』中川慶子ほか訳、緑風出版2005年 英語原書は2000年★ 宇宙の軍事化、劣化ウラン兵器など。

肥田舜太郎・鎌仲ひとみ『内部被曝の脅威−原爆から劣化ウラン弾まで』ちくま新書2005年。★

藤田祐幸「反劣化ウラン弾と反原発」『反原発新聞』2004年2月号(311号)★

本多勝一『非常事態のイラクを行く』朝日新聞社2002

御庄(みしょう)博実・石川逸子『ぼくは小さな灰になって……あなたは劣化ウランを知っていますか?』西田書店2004年★

森住卓『イラク 湾岸戦争の子どもたち』高文研2002年★

森住卓『イラク 占領と核汚染』高文研2005年★

モレ、ローレン、藤田祐幸「劣化ウラン弾は明らかに大量破壊兵器です」『世界』200310月号 岩波書店★

山上紘志ほか「いま、イラクの子どもたちは」『月刊保団連』827号(臨時増刊号)2004年6月、全国保険医団体連合会★ 図表、カラー写真、アル・アリ教授ほか

劣化ウラン禁止ヒロシマ・プロジェクト『劣化ウラン弾禁止を求めるヒロシマ・アピール』2003年 日本語版、英語版、近日中にアラビア語版

劣化ウラン研究会編『放射能兵器劣化ウラン』技術と人間2003年★

ロッキー、ダグ「世代を超えて続く、イラクの劣化ウラン被害」TUP(平和をめざす翻訳者たち)監修『世界は変えられる TUPが伝えるイラク戦争の「真実」と「非戦」』七つ森書館2004年★

授業には、ビデオを活用するといいだろう。児童・生徒には、三枝義浩と白六郎の漫画がわかりやすい。

キーワード 核反応と化学反応、核兵器、原発、国連人権委員会、準核兵器(放射能兵器)、白血病、放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)、劣化ウラン

●映像資料

『“悪の枢軸”とは誰のことか? 劣化ウラン弾とイラクの子どもたち』嘉指信雄ほか 劣化ウラン弾禁止を求めるグローバル・アソシエーション、2002年 ビデオ13分★

『イラク 戦禍にみまわれた子供たち』NHK、1999年3月14日放映、BS日曜スペシャル、58分  キーワード:湾岸戦争、劣化ウラン兵器、白血病、イラクの子ども

『イラク 戦場からの告発』西谷文和撮影、イラクの子どもを救う会(大阪府吹田市)DVDビデオ、2007年、32分 戦争あかんシリーズ2★

キーワード 劣化ウラン弾、クラスター爆弾、ハラブジャの悲劇(毒ガス)、湾岸戦争、イラン・イラク戦争、イラク戦争、戦争犯罪。劣化ウラン問題とクラスター爆弾問題が同時にわかる。イラク戦争と湾岸戦争が同時にわかる。アメリカの犯罪とフセインの犯罪が同時にわかる。

イラクの子どもを救う会 http://www.nowiraq.com/

『イラク戦争の真実 被害の実相とアメリカの戦略』日本平和委員会、日本電波ニュース社、2003年、25分  キーワード:イラク戦争、劣化ウラン兵器

『イラク劣化ウラン弾被害調査 ドイツ医師13年の足跡』NHK、BS、2005年1月4日、50分  キーワード:湾岸戦争、劣化ウラン兵器、白血病、イラクの子ども

『知られざる劣化ウランの恐怖 イラクの子どもたちは、今』NO DU ヒロシマ・プロジェクト制作、2005年、日本語版23分、英語版23分★

キーワード:劣化ウラン兵器、イラク戦争、白血病、小児癌、アサフ・ドラコビッチ博士

備考:1本のビデオに日本語版と英語版を同時収録しているので、英語学習にも便利である。

『ヒバクシャ 世界の終わりに』鎌仲ひとみ監督、2003年、DVD、116分、グループ現代

キーワード:イラクの劣化ウラン被害、米国の核施設周辺農民の被害、日本の原爆被爆者

『ブッシュを裁こうPart2 ブッシュ有罪』アフガニスタン国際戦犯民衆法廷実行委員会制作,2004年,ビデオプレス,マブイ・シネコープ(大阪)発売。VHSビデオ。35

キーワード:民衆法廷、同時多発テロ、アフガニスタン侵攻、誤爆、空爆の思想、戦争犯罪、平和に対する罪(侵略の罪)、人道に対する罪、東京裁判、ニュールンベルク裁判、劣化ウラン弾、クラスター爆弾

『ポイズン・ダスト 米軍による劣化ウラン汚染』劣化ウラン研究会企画、ビデオプレス、2006年、DVD、30分  キーワード:劣化ウラン兵器、イラク戦争帰還兵、健康影響

『劣化ウラン弾の嵐』日本語版、アルジャジーラ、1999年、80

キーワード:湾岸戦争、劣化ウラン兵器、白血病

『劣化ウランの恐怖』市民平和訴訟の会企画、ビデオプレス制作、1998年、35分★日本語吹き替え

英語原題は、Metal of Dishonor,米国、Peoples Video Network1997

キーワード:湾岸戦争、劣化ウラン兵器、白血病、帰還兵、イラクの子ども、経済制裁、構造的暴力、国家犯罪

『湾岸戦争の子供たち』NHK、1998年1月25日、BS日曜スペシャル、60

キーワード:湾岸戦争、湾岸戦争症候群、帰還兵、第二世代

 

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