戸田清 『週刊金曜日』掲載原稿

2008年1月25日 2010年5月9日改訂

●『週刊金曜日』661号(2007年7月6日)49頁きんようぶんか・「読み方注意!」掲載

14字×60行 財界・共和党がゆがめる科学的真実

『アメリカの政治と科学 ゆがめられる「真実」』マイケル・ガフ編著、菅原努監訳、昭和堂、2800円(税別)ISBN9784812207093

 一般論として、科学的真実が政治によってゆがめられることは、その通りである。旧ソ連の生物学のルイセンコ事件もそうだし、日本で言えば水俣病の病因物質が有機水銀と判明してからの政府、財界、学者の「追認引き延ばし工作」(一九五九年から六八年)もそうだろう。米国でも同様な事例が少なくないと思われる。ただ本書は、その内容があまりにも財界寄り、共和党寄りである。原著の発行は二〇〇三年。発行元は共和党系のシンクタンクとして知られるフーバー研究所の出版局。執筆者には、ネオコンの『ウィークリー・スタンダード』誌の寄稿者もいる。「原子力」の章の執筆者は『私はなぜ原子力を選択するのか 二一世紀への最良の選択』(近藤駿介監訳、ERC出版、一九九四年)の著者バーナード・コーエンである(近藤は原子力委員会の委員長)。

 この本からは、次のような主張が読み取れると思う。

「ブッシュの京都議定書離脱は正しい。地球温暖化はあまり心配する必要はない。/ブッシュは原発建設を早く再開すべきだ。原発の危険性は誇張されている。反原発運動は非科学的だ。/レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は有機塩素系農薬の危険性を過大視していた。ベトナム枯葉作戦の健康影響も誇張されている。/環境政策における予防原則の適用(不確実な状況で潜在的危険性を重視すること)は最小限にすべきだ。/アル・ゴア前副大統領やラルフ・ネーダーは大衆の敵だ。/悪名高いエンロン社は環境団体のお気に入りだった(驚くべき珍説)。」しかし、「合成化学物質に注意を集中しすぎたために、ビタミンやミネラルの欠乏を招いている」「DDTの規制をあせりすぎたために第三世界でマラリアが再び流行して、多くの人命が失われた」などの論点は真剣に検討・批判すべきであろう。

翻訳陣は原著以上に露骨に原発推進を意図しており、訳者九人のうち七人が放射線専門家である(医学、生物学、工学)。「気候」と訳すべきところを「気象」とするなど、不適切な訳語も多すぎる。

●『週刊金曜日』668号(2007年8月31日)45頁 きんようぶんか・読み方注意! 基本的知識・理解で看過できぬ「勉強不足」

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦著、洋泉社、952円(税別)ISBN9784862481221

武田氏は一九四三年生まれ、東大卒、工学博士、名古屋大学教授などを歴任、文部科学省科学技術審議会専門委員。本書は、三月に出版されて、六月には7刷という「二五万部突破のベストセラー」になったそうだが、「学者の勉強不足」を痛感させる本である。たとえば、カネミ油症に関する記述には仰天した。カネミ油症がダイオキシン被害と呼ばれるのは、PCB中毒だからではない。PCBの不純物であるPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)のほうがむしろ主因だとわかったのは、八三年である。基本的な情報は確認してほしい。

ベトナム枯葉作戦についての理解にも疑問がある。武田氏は「なぜベトちゃんドクちゃんだけがいつまでも出てくるのか」と嘆いているが、本当にそうだろうか。故レ・カオ・ダイ博士(ハノイ医科大学)の『ベトナム戦争におけるエージェントオレンジ』(尾崎望監訳、文理閣、〇四年)や中村梧郎『戦場の枯葉剤』(岩波書店、九五年)などは基本文献のはずだが、読んでいないのではないだろうか。使用量の多かった農薬はCNPであるが、ダイオキシンとの関連で問題になるのはむしろ2,4,5−Tのほうである。

合成洗剤と石けん(本書では言及なし)あるいはリサイクルについての武田氏の議論(二〇〇〇年に刊行された『リサイクルしてはいけない』の内容)の問題点について、NPO法人環境市民のウェブサイトでかなり体系的に論じられたことがあるが、武田氏ご本人から批判掲載への抗議はあっても、内容への実質的な反論はなかったようだ。また、ダイオキシン論争も含めて最近の議論については、畑明郎ほか編『公害湮滅の構造と環境問題』(世界思想社、〇七年)に手際よくまとめられている(武田氏への言及もある)。著者紹介によると、武田氏は「内閣府原子力安全委員会専門委員」であるとのことだから、原発についても言いたいことがあるはずだが、本書では言及はない。なお洋泉社は、煙草問題についても最近トンデモ本を出している(『タバコ有害論に異議あり!』)。

●『週刊金曜日』683号(20071214日)41頁 きんようぶんか 読書

重大すぎるからウソが許されるという不条理

『完全シミュレーション 日本を滅ぼす原発大災害』坂昇二・前田栄作=著、小出裕章=監修

風媒社=発行、1400円(税別)

ISBN978-4-8331-1076-1

 「第1章 隠された臨界事故」で解説するように、一九九九年には二つの臨界事故があった。住民被曝と作業員死亡で直ちに大騒ぎになった東海村のJCO事故と、八年間隠されてきた北陸電力志賀原発1号機事故である。七八年の東京電力福島第一原発3号機臨界事故は、二九年間も隠されていた。さらにもうひとつ、八四年の東京電力福島第一原発2号機臨界事故も、二三年間隠されていた。北陸電力と違って東京電力の臨界事故隠しは、古くて資料がないので運転停止処分を免れてしまった。不二家や関西テレビの不祥事では社長の首が飛んだが、「事の大小、深刻さからいえば原発の事故隠しは、スケールの違う大問題だった」のに、異例の甘い処分だった。沸騰水型原発では制御棒を重力にさからって下から水圧で入れるため、抜け落ち事故が起こりやすいという構造的欠陥がある。JCO事故で「裸の原子炉」をとめるための決死隊二四人の「全員重大な被曝」について本書には数値の言及はないが、末田一秀氏のホームページによると最高一二〇ミリシーベルト(以下mSvと略記)もあったという。一時報道された「最高九八mSv」という数値は改竄の疑いがあるようだ。

 世界には四二九基の原発があるが、日本を除いたそれはほとんど例外なく地震地帯を避けて立地されている。しかし世界の地震の一割が集中する日本ではそれは不可能だ。第2章の表題である「世界で最も危険な原発」とは、予想される東海地震の特定観測地域に立地する中部電力浜岡原発のことである。東海地震は中越沖地震(柏崎刈羽原発が被災)に比べると三百倍も巨大な地震になると予想されている。浜岡原発の五基でドミノ倒し的に連鎖事故が起こると急性死と癌死の合計が八三〇万人に達することもありうるというシミュレーション結果もある。本書の随所にこうした試算が紹介されるが、瀬尾健さんの遺作『原発事故……その時、あなたは!』(風媒社、九五年)をベースにしたものだ。この章で、嶋橋伸之さん(九一年死去)の白血病労災認定のことも解説されている。中部電力のひ孫請け会社に勤務していた彼は、八年半で五〇・九三mSv被曝した。ところが、労働者被曝の許容限度は五年間で百mSv、一年間で五〇mSvである。それなのに労災認定の要件となる線量は年間五mSvだ。自然放射線(一mSv)の五倍浴びれば白血病になっても不思議ではないというわけだ。つまり「労災要件の十倍浴びても合法」ということだが、これはかなり深刻なことではないだろうか。

 「第3章 日本を滅ぼす“原発震災”」では原発震災のシミュレーションなどが紹介され、中越沖地震による柏崎原発被災(炉心の状態はまだわからないが)の状況も解説されている。県庁にも近い島根原発については「岡山県、広島県の顧客に影響が少なくてすむよう、島根県がスケープゴートにされた」とコメントされる。「第4章 未来を汚染する六ヶ所再処理工場」では「原発一年分の放射能を一日で出す」再処理工場の問題を解説する。本格稼働間近の六ヶ所再処理工場でコスト削減のためクリプトン85とトリチウムの回収装置を削除したスキャンダルも指摘されているが、その背景には英国核燃料公社からの圧力もあったらしい。

 本書を、明石昇二郎『原発崩壊』(金曜日)と併読することを是非お薦めしたい。

『週刊金曜日』732号(20081219日号)45頁 きんようぶんか・読み方注意!

貴重な指摘と暴論・記述の混乱が混在

『エコロジーという洗脳 地球温暖化サギ・エコ利権を暴く[12の真論]』

副島隆彦+SNSI(副島国家戦略研究所)

成甲書房 1700円(税別) ISMN 978-4-88086-237-8

 

副島隆彦氏は日本の保守系知識人のなかで、なかなか切れる人物であり、時々貴重な指摘をかなりの説得力をもって述べている。本書は副島氏と「弟子たち」が、地球環境問題をめぐる「洗脳」を「疑い」、「諸真実を暴きたてる」本であると自信たっぷりで、必ずしも反面教師的な本と決めつけるわけにはいかない。排出権取引(排出量取引)には金融派生商品としての危険性がある、沖縄の不適切な公共事業(国策)による赤土公害から目を逸らすためにサンゴの減少に関して地球温暖化の関与が誇張されている、地球温暖化対策を口実にして原発を推進する「原子力ルネッサンス」は原発の危険から目を逸らす策謀である、アル・ゴアの言説にはかなり問題があるし利権もある、などの指摘は重要である(一一月一二日の報道によると、経済産業省は自然エネルギーと原発を同列において「グリーン電力」として優遇するとのことで呆れかえる)。その一方で「全ての税は悪であり、環境税も悪魔の新税だ」のような粗雑な暴論がある(環境税については、『環境税』足立治郎、築地書館〇四年、を良書として薦めたい)。排出量取引とクリーン開発メカニズムの関係についても少し誤解しているようだ。副島氏ら執筆者の多くは脱原発派のようだが、原発についての章の結論は何故か「米国の操作を排して国益にかなった原子力開発を」と推進論になっていて驚かされる。洗脳を疑うと自負しながら、「鯨が増えすぎて生態系を壊している」という捕鯨推進派のプロパガンダを鵜呑みにしている。京都議定書が九二年で気候変動枠組条約が九七年だという説明(もちろんその逆)がある。地球温暖化の主流の言説に批判的だという理由で武田邦彦氏と槌田敦氏を同列に並べる認識にも驚かされる。槌田氏は一貫した反原発派であり、武田氏は自説を隠しているようだが原発推進派であろう。本書は、読み物として結構面白く、いくつかの貴重な指摘を含みながら、暴論や記述の混乱、不統一も散見し、どこが貴重な指摘であり、どこが不適切なのか、読むときに絶えず注意が必要であると思う。

 

●『週刊金曜日』743号(2009年3月20日号)43

きんようぶんか・読み方注意! 重要な指摘もあるが、難点も少なくない

『オバマ 危険な正体』ウェブスター・G・タープレイ著、太田龍監訳、1900円(税別)成甲書房 ISBN978-4-88086-239-2

書店に行くとオバマ演説集をはじめとして「礼讃本」の洪水である。日本語でのまとまったオバマ批判としては、本誌734号(1月16日号)の特集、『オバマの危険』成澤宗男(金曜日)、そしてタープレイの本邦初紹介である本書『オバマ 危険な正体』くらいではないだろうか。その意味では本書も貴重な情報源ではある。本書の記述の特徴は、オバマ大統領の外交ブレーンであるズビグニュー・ブレジンスキーの危険性をカーター政権時代にさかのぼって詳述し、さらに経済ブレーンである新自由主義人脈の数人についても有益な情報を提供していることである(ローレンス・サマーズへの言及がないのは、本書の執筆時期が早かったためだろう)。タープレイが本書を執筆したのは〇八年の春、原書の刊行は六月、邦訳もマケインとの決戦に先立つ一〇月には完了し、刊行は一二月であった。本書が主張する「オバマのもとでの新型ファシズムの危険」についても、重要な問題提起として受けとめておこう。タープレイは早くも一一月には第二弾の『バラク・オバマ 非公認伝記』を出した。実は私がタープレイの存在を知ったのは〇六年のことで、『9/11合成テロ アメリカ製』(邦訳なし)が手元にあったが読んでいなかった。今回初めてタープレイを読み、大変失望した面も大きい。左翼を自称しているのに原発推進派の言い分を鵜呑みにして米国が「原子力ルネサンス」に乗り遅れないかと心配し、プーチン政権の宣伝を鵜呑みにして「チェチェンのテロリスト」を一方的に非難しつつ、ロシア軍のチェチェン民間人大量殺戮などには言及しない(『ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記』常岡浩介、アスキー新書、〇八年、は必読)。成澤氏の『オバマの危険』は必読の良書だが、タープレイの『オバマ 危険な正体』も、どこが重要な指摘であり、どこが不適切なのか、絶えず注意しながら、是非とも読んでほしい。訳者は左翼から右翼に転じたあの太田龍である。本書は、批判対象も、著者も、訳者も、そろって「危険ないし要注意」であるという点では、珍しい本だ。

●『週刊金曜日749号(2009年5月1日/8日合併号、憲法特集号)63

 

「論争  三つの核技術(核兵器、劣化ウラン兵器、原発)は不可分だ」

 

 日本では「核兵器はだめだが原発は必要」と言う人が多い。最近では「地球温暖化対策のために原発増設を」という詐欺が流行している。核兵器、劣化ウラン兵器、原発という三つの核技術が不可分であることは、ウラン鉱山が共通の出発点であることだけ見てもわかるだろう。広島・長崎の原爆をつくるために、ウラン鉱山では、ベルギー領コンゴ(当時)とカナダ・米国の先住民が大量被曝した。被爆地長崎の行政(長崎市、長崎県)も日本人の通弊の例外ではない。三菱重工(原発メーカー)の企業城下町であり、有力企業のひとつが九州電力(原発ユーザー)である長崎が原発に反対できるはずもないだろう。核兵器は駄目、劣化ウラン兵器は曖昧(肯定も否定もしない)、原発(および核燃料再処理)は必要というのが行政の基本的な立場だ。

 被爆から原爆医療法(一九五七年)まで被爆者が一二年間も放置されたことはよく知られている。同法の作成過程で、核実験被害者は対象から外されて、被爆者手帳をもらえないことになってしまった。米国の原発技術を有利な条件で移転してもらうためである。元第五福竜丸船員の大石又七氏は、ビキニ被爆者が「原発導入の人柱」にされたと指摘する。

 日本政府が〇九年秋から運転再開したい高速増殖炉は、原子炉級プルトニウムを消費して超兵器級プルトニウムを生産する「プルトニウム・ロンダリング」装置(藤田祐幸氏の表現)である。再処理工場とともに日本の潜在的核武装との関連が疑われる所以だ(一九五七年以来、自民党は核武装合憲論を採用)。

 原発のために低濃縮ウランを作る過程でも、核兵器のために高濃縮ウランを作る過程でも、劣化ウランが副産物として生じる。米国で日本向けにウランを濃縮したときも、副産物はたぶん兵器に使われただろう。原潜・原子力空母の原子炉は「兵器級ウランを装荷した原発」と言ってもよい。原発は「過疎地」玄海町におしつけられるが、原発より危険な面のある海軍原子炉は大都市横須賀・佐世保に来てよい(対米従属)。

劣化ウランのウラン238は核分裂連鎖反応をしないので原爆に使えないが、アルファ線内部被曝よりもさらに四〇倍も危険な「自発核分裂」を起こす。つまり劣化ウラン兵器はむしろ「核兵器に近い放射能兵器」なのだ。劣化ウラン被曝者は入市被爆者と症状が似ている。たぶん原発被曝労働者とも似ているだろう。

玄海原発で年内にもプルサーマル運転が始められようとしている。通常の使用済み核燃料は五〇年冷やさないといけないが、プルサーマルの使用済みMOX燃料は五百年も冷やさないといけない。埋めてからも一万年を超える監視が必要だ。九電、佐賀県、日本政府はそんな長期間に責任が持てるのだろうか。

なお、本稿は拙著『環境正義と平和』(法律文化社、〇九年)の補足説明でもある。

戸田清(とだ きよし・52歳、長崎大学教授)

 

『週刊金曜日』792号(2010年3月26日)39頁 

 

「きんようぶんか・読み方注意!」ある意味「面白い」 驚くほど粗雑な議論

『偽善エネルギー』武田邦彦、幻冬舎新書2009年、本体760円、251

ISBN978-4-344-98148-5

 

本欄で私が武田氏をとりあげるのは、07年8月31日号に続いて二回目なので恐縮である。武田氏は略歴では国の委員であることを記しつつ、本文では原発への言及を避けてきた。本書は略歴に「内閣府原子力委員会および安全委員会専門委員」と明記するだけでなく、本文で初めて原発御用学者としての正体をあらわしたものである。ウランの埋蔵量(註1)から言うと原発はあと300年使える、300年以内に核融合発電が実用化するのは確実であり、核融合の原料である重水素は海の中に膨大にあるので3000年は使える、つまり原子力エネルギーであと3000年は大丈夫だと武田氏は言う(普通は軽水炉で約70年、高速増殖炉が成功すれば数千年とされるらしいので、「300年」は不思議な数字である)。そして世の中には安全原発(たとえば日本の軽水炉)と欠陥原発(たとえばチェルノブイリ原発)があるのだと言う。安全原発と欠陥原発を比べても仕方ないのであり、チェルノブイリ原発事故のような事態は日本では起こり得ないのだそうだ。驚くほど粗雑な議論だ。しかし安全原発でも地震が来ると危ないこともあると言う。

都合の悪いことには言及しない。日本政府が執拗に運転再開をもくろむ「もんじゅ」であるが、高速増殖炉が軽水炉よりはるかに危険であることにはふれない。プルサーマル運転が軽水炉の危険を増幅することにもふれない。東海大地震の予想地域にある浜岡原発の危険にもふれない。そもそも高速増殖炉とか浜岡原発という言葉が出てこない。地震国であるチリやニュージーランドが原発をつくらないことにもふれない(註2)。原発御用学者の本音発言としては、拙著『環境正義と平和』(法律文化社)で引用した班目(まだらめ)春樹東大教授と並ぶ面白さではないだろうか。

安い石油はもうすぐなくなるというまともな記述もある。巻末の参考文献をみると石井吉徳『石油ピークが来た』(これは良書)があがっている。世界のガソリン消費に占める米国のシェアは50%を超える(軍事費シェアを彷彿させる)そうだが、これは有益な情報だ。

戸田清 長崎大学環境科学部教授

 

註1 『偽善エネルギー』の巻末に「貴重な参考文献」としてあげられている藤家(ふじいえ)洋一(東工大名誉教授、元内閣府原子力委員長)『原子力 自然に学び、自然を真似る』(ERC出版2005年)によると、ウランの確認可採埋蔵量は約460万トン、世界の年間ウラン需要は約6万トンであるから、軽水炉利用で約70年程度の資源量となり、もし高速増殖炉が成功すれば既知資源量で数千年にわたり供給できるとのことである(藤家200594)。武田のいう「300年」の根拠は不明である。

註2 ニュージーランドが原発を「必要」としないのは人口が少ないからでもある。しかし将来の日本人口についても、1000年後には千万を下回るだろう。ちなみに1000年前(『源氏物語』の時代)の日本人口は約600万人だったと推定されている。  

戸田清ウェブサイト掲載にあたり註1、註2を加筆する。

 

村上朝子「いつまで続く? 「温暖化に貢献する原発というウソ」『週刊金曜日』793号(2010年4月2日)2829頁に戸田作成の表が簡略化されて掲載されている。以下はもとの資料である。

 

「原発は温暖化対策に役立つ」というウソ   戸田清

 

鳩山政権の小沢鋭仁環境大臣は〇九年九月二八日、九州電力川内原発三号機増設計画について「温室効果ガスの排出抑制のために同原発を最大限活用してもらいたい」という趣旨の意見書を直嶋経済産業大臣に提出した。小沢氏は東京大学法学部卒、東京銀行、日本新党衆議院議員などを経て民主党衆議院議員。『産経新聞』〇九年十月二一日の「大臣解剖」によると「環境問題には精通している」とのことであるが、あまりの不見識に驚かされる。

「原発は温暖化対策に役立つ」というウソの宣伝には、少なくとも表1のような問題点があると思われる。

第一に、「原発は海洋温暖化装置である」と物理学者の水戸巌(故人)は指摘した(注1)。大量の温排水を出すからである。

第二に、原発は熱効率が悪い。電気出力百万kwの原発は熱出力三百万kw、火力は二百万kwである。つまり原発は、同じ電力量の生産に際してより多くの熱を環境に捨てるのだ。航空機エンジンの権威として知られた東京大学名誉教授の富塚清(故人)は、火力発電と比べての原発の熱効率の悪さについて、「この点は退歩の感があり、一般人は実情を知れば、意外、かつ物足りなさの感を持たれるだろう。」と指摘した(注2)。

第三に、原発は「過疎地」にしか立地できない。一九六四年に原子力委員会が決定した「原子炉立地審査指針およびその適応に関する判断のめやすについて」では、参考になる外国の例として、「集団被曝線量二万人シーベルト」などが示されている(注3)。「人シーベルト」という単位がわかりにくいかもしれないので、輸送量の単位「人キロ」との類推で考えてみよう。一人を十km運んでも、十人を一km運んでも、「十人km」になる。東京都の人口は千万人、佐賀県玄海町は六千人。二万人シーベルトを千万人で割ると二ミリシーベルト(年間自然放射線の二倍程度)になり、一万人で割ると二千ミリシーベルト(半数致死線量の半分程度)になる。大事故の場合、大量被曝の可能性を否定できない。だから火力発電所は横浜などの大都市にも立地できるが、原発は「過疎地」にしか立地できない。したがって「過疎地」から大消費地まで長大な送電線を敷かねばならず、送電ロスが大きくなる。制度的な「過疎地」差別であるが、エネルギー浪費の仕組みでもある。なお、原発よりも危険な面のある原子力潜水艦・空母が横須賀・佐世保のような大きな都市に来てよいことになっているのは、対米従属政策のためである。

第四に、揚水発電を必要とする(注4)。原発の危険を増幅するだけで必要性のないプルサーマル運転が、玄海原発で始まった。十一月五日に臨界、十三日に出力百%。出力の急激な増減は危ないので、七−十日かけて行うのである。そして出力百%になるとそのまま続ける。夜間は電気が余るので、それを「捨てる」のが揚水発電である。

第五に、ウラン濃縮は電力浪費的である。日本は濃縮ウランの大半を米国から輸入するが、オークリッジのウラン濃縮工場は百万キロワット火力発電所二基によって支えられている(注5)。

第六に、原発が増えるときは火力発電も増える(注6)。原発は事故や故障、地震、他原発の事故に伴う点検などでよく止まる不安定な電源なので、バックアップが必要なためである。これは過去数十年の日本について言えることであって、諸外国に当てはまるとは限らない。フランスは発電電力量の八割が原発で火力の稼働率は数%、余った電気は隣国に輸出できる。日本は島国なので需給調節に火力や揚水水力が必要となる。

第七に、高速増殖炉もんじゅは事故で止まっているときも電力を大量に消費する(注7)。一七〇〇トンのナトリウムが固まらないように電気加温を続け、一日数百万円の電気代がかかっていたという。

第八に、原発が出すのは百万年も監視を要する核のごみ(注8)なのに、炭酸ガスで測ってよいのだろうか。オバマ政権下の米原子力規制委員会(NRC)は、高レベル放射性廃棄物最終処分場について、百万年後の放射線レベル(線量当量)まで考慮して計画を審査すると発表した。従来は一万年後までの周辺の放射線レベルを一定値以下にするという環境保護庁(EPA)の基準で審査する方針だったのである。核のごみがウラン鉱石程度の放射能になるまでに数万年かかる。

私見によれば、原発についてのウソ(注9)はたとえば表2のように分類される。温暖化にかかわるのはこのなかの「クリーン神話」「有益神話」であるが、学生の感想文などを見ると、「原発はエコ」「原発は環境に良い」という宣伝の浸透を痛感する。

もちろん以上の検討によって「原発は温暖化を促進する」ことが定量的に立証できたわけではない。しかし、「温暖化抑制のために原発を」という宣伝に大きな疑問を投げかけることはできただろう。「温室効果は困るが、熱汚染はかまわない」でいいのか? 「いま(二一から二二世紀)の問題を解決する代償として百万年も影響が続く負の遺産を残す」という態度でいいのか? エネルギー・電力の浪費はこれでいいのか? そういったことが問われているといえる。

 

注1 小出裕章「地球温暖化問題の本質」二〇〇七年

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/crisis.pdf

中野行男、佐藤正典、橋爪健郎『九電と原発 @温排水と海の環境破壊』(南方新社、二〇〇九年)

注2 富塚清『動力物語』(岩波新書、一九八〇年)一八八頁。

注3 武田徹『「核」論』(勁草書房、二〇〇二年)一四五頁以下。

注4 田中優『日本の電気料金はなぜ高い 揚水発電がいらない理由』(北斗出版、二〇〇〇年)

注5 戸田清『環境正義と平和』(法律文化社、二〇〇九年)四一頁。

注6 藤田祐幸「電源としての原子力と軍事としての原子力」『えんとろぴい』六六号、エントロピー学会、二〇〇九年

注7 Never Say Die!別館 「思い出 もんじゅナトリウム漏れ火災」二〇〇九年三月一〇日

http://blog.goo.ne.jp/sabbath7676/e/0305263cc4ac4b9a34a30269e26f114a

注8 『朝日新聞』二〇〇九年二月二〇日

注9 土井淑平『原子力神話の崩壊』(批評社、一九八八年)、高木仁三郎『原子力神話からの解放』(光文社、二〇〇〇年)、西尾漠編『原発をすすめる危険なウソ』(創史社、一九九九年)、西尾漠『原発は地球にやさしいか 温暖化防止に役立つというウソ』(緑風出版、二〇〇八年)。

 

表1 原発と地球温暖化

温暖化を抑制

温暖化を促進

核分裂では炭酸ガスが出ない。

1.海を暖めて海から炭酸ガスを放出させる。炉心を冷却するために海水を取り入れ、7℃高い温排水を放出する。柏崎刈羽7基の温排水は信濃川の水量、53基では全河川の水量の4分の1である。水温が上がると炭酸ガスの溶解度が下がるので炭酸ガスが放出される。つまり運転中に炭酸ガスを出さないというのは嘘で、間接的に出す。また海の加温で水蒸気(最大の温室効果ガス)も出る。(冬の渇水期など河川が平均流量より少ないときは原発の影響はさらに大)

2.熱効率が火力発電より悪く「退歩の感」がある。原発は33%、火力のコンバインドサイクルは50%。同じ電気出力に対して原発は熱出力が大きい。つまり海洋温暖化が大きい。火力と違ってコジェネレーション(熱電併給)がないので廃熱は熱汚染を起こすだけである。

3.送電ロスが大きい。火力は大都市に立地できるが(横浜など)危険な原発は過疎地に立地するので送電線が長くなり送電ロスが大きくなる(1割程度のロス)。

4.揚水発電所を必要とする。原発は一定出力で運転するので需要の少ない夜間は電気を捨てる必要がある。そのため揚水発電(消費電力が生産電力より大きい)とセットになる。揚水発電は2つの巨大ダムから成りダム湖のため森林(炭酸ガスの吸収源)が水没する。揚水発電は稼働率1割以下の無駄な巨大公共事業である。

5.ウラン濃縮(主に米国に依存)工場のため大型火力発電所が必要となる。

6.原発が増えるとき火力発電も増える。原発は不安定なのでバックアップが必要なためである。高度経済成長以降も1980年から2005年までに発電設備容量は原発が3.2倍、火力が1.6倍になった。

7.高速増殖炉もんじゅはナトリウム(融点98℃)1700トンを固まらせないために1995年事故後も電気で加熱。火力の電気なら止まっているときも炭酸ガスを出す。

8.原発のごみは100万年後の環境にまで配慮する必要がある(米原子力規制委員会2009年)ので、そもそも原発の環境影響を炭酸ガスで測ることが不健全である。

14567は温室効果

123は熱汚染

8は超長期の負の遺産

出典 戸田作成  熱汚染(ヒートアイランド現象が代表的)は加熱、温室効果は放熱阻止で、どちらも温度を上げる効果がある。

 

表2 原発神話の分類

 

神話の内容(善意のウソ)

事実

備考

1.安全神話

大事故は滅多に起こらないし、起こっても影響は想像されているよりも軽微である。平常運転はクリーンで安全である。

スリーマイル島原発(1979年)、チェルノブイリ原発事故(1986年)、東海村JCO臨界事故(1999年)などの影響は大きい。平常運転でも英仏再処理工場周辺で小児白血病増加。原発周辺も健康影響。

 

2.必要神話

日本の電気の3分の1を供給しているので欠くことができない。

火力と水力の設備容量>ピーク電力であるから原発を全部止めても電気は足りる。そもそも日本(など先進国)は電力消費が過剰である。

水力の稼働率向上は不可欠だが、火力の稼働率向上には温暖化への考慮が必要。電力過剰消費の是正が必要である。世界人口の5%の米国が電力消費の25%を占める。

3.クリーン神話

196070年代 硫黄酸化物、窒素酸化物を出さないのでクリーンである。

1980年代以降 炭酸ガスを出さないのでクリーンである。

放射能汚染は100万年先を考慮の必要(米国政府2009年)。原発の労働環境、特に下請け労働者の環境はクリーンのまったく逆。白血病など労災認定。周辺環境も汚染。

 

4.有益神話

 

発電システム

発電システムとして効率的で優れている。

火力発電よりも熱効率が悪いので熱汚染が大きい送電ロスが大きい、事故や地震などで不安定なのでバックアップを必要とする(揚水水力・火力)。新しいが出来の悪いシステムなので退歩の感があり」(富塚清,1980

 

地球温暖化

炭酸ガスを出さないので地球温暖化対策に役立つ。

海を暖めるので間接的に温室効果。熱汚染が大きい。

別表「原発と地球温暖化」を参照

出典 戸田作成 原発神話という表題だが核燃料再処理工場などの問題点も含む。ここには「善意のウソ」(加害の意志がない、なかば無意識のウソ)と書いたが、もちろん「悪意のウソ」を流す人もいる。

 

トップページに戻る


Powered by FC2.com

 

inserted by FC2 system