長崎平和研究所通信

2008年2月14日ウェブサイト掲載

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』37号(2006年4月)8-9頁

喜納昌吉、ダグラス・ラミス著『反戦平和の手帖』(集英社新書、2006年、本体700円)

沖縄のミュージシャン・民主党参議院議員・反戦活動家である喜納氏と沖縄在住の米国人政治学者ラミス氏の対談。ラミス氏は長崎でも数回講演しているが、わかりやすい日本語には定評がある。

中堂幸政著『石油と戦争 エネルギー地政学から読む国際政治』(現代書館、2006年、本体2000円)

 エネルギー問題を中心にして世界の政治経済を分析する。唯物史観ならぬ「唯エネルギー史観」(著者の造語)がその立場である。ピークオイル論(石油資源減少の兆し)と石油争奪戦争の展望を検討。60ドル原油の時代を迎えたいま、広く読まれるべき本のひとつであろう。

粟野仁雄著『アスベスト禍』(集英社新書、2006年、本体680円)

 クボタ尼崎工場で労働者のみならず周辺住民にも中皮腫の被害が及んでいることがわかった「クボタ・ショック」は2005年6月のことであった。その後アスベスト問題についての本はいくつも出ているが、入門書としては本書が最適であろう。著者は『週刊金曜日』にもたびたび執筆しているジャーナリストである。

小出裕章講演『プルサーマルと核のごみ』(脱原発ネットワーク・九州、2006年、500円)

佐賀県知事がプルサーマル受け入れを表明したので、データ捏造などで自滅した東京電力、関西電力を抜いて九州電力がトップに立とうとしている。しかしプルサーマルは、必要性(そもそもプルトニウムを大量に取り出す必要がない)、安全性(事故が起こりやすくなり、事故が起こったときの影響が大きくなる)、経済性(コストが高くなる)、核拡散(潜在的核武装につながる、テロの標的になりやすい)など、疑問が尽きない。高速増殖炉が事故でとまったままなので、つなぎのはずのプルサーマルが前面に出てきてしまった。原爆4000個分以上のプルトニウムをためこんで、どうしようと言うのだろう。本書は京都大学原子炉実験所の小出さんの九州講演の内容をわかりやすくまとめたもので、プルサーマル問題を考えるうえで必読である。わかりやすい図表も多い。大庭里美さんの遺著『核拡散と原発』(南方新社)と併読することをすすめたい。書店では入手できないので脱原発ネットワーク・九州に直接注文されたい。電話0934520665、ファクス0934520611、電子メール mfukae@jcom.home.ne.jp

オスカー・トレス著、曽根原美保編訳『イノセント・ボイス 12歳の戦場』(竹書房文庫、2006年、本体590円)

表紙の言葉。「世界には誕生日を喜べない子供たちがいます。12歳になったら兵士に。神様、ぼくは闘わなければいけないのですか? 苛酷な内戦下でも明るさを失わずに懸命に生きる少年の感動実話。」著者のエルサルバドル内戦体験を描いている。東京に用事があったとき、映画「イノセント・ボイス」も見てきた。映画もいい作品であった。長崎では上映されないのだろうか。

姜尚中著『姜尚中の政治学入門』(集英社新書、2006年、本体660円)

著名な在日コリアン政治学者によるアメリカ、暴力、主権、憲法、戦後民主主義、歴史認識、東北アジアをキーワードにした入門書。社会科学的な思考を学ぶのに適した本で、キーワードの選び方がいいので、私のゼミの必読書にしている。広告には「超大国の暴走との心中か、隣人たちとの共生か。アジアを見据える知性が示唆する、最良の選択肢とは?」とあるが、適切な紹介であろう。

西尾漠著『新版 原発を考える50話』(岩波ジュニア新書、2006年、本体780円)

 原子力資料情報室の西尾氏(昨年長崎でプルサーマルや核廃棄物の問題点について講演した)が、日本の原子力開発の現状と問題点をわかりやすく解説。大人が読んでもためになるジュニア新書のひとつである。

最上敏樹著『いま、平和とは 人権と人道をめぐる9話』(岩波新書、2006年、本体740円)

NHK人間講座のテキストに加筆したもの。平和学の入門書として最適なもののひとつであろう。巻末に参考文献リストもある。

山口定著『ファシズム』(岩波現代文庫、2006年、本体1300円)

小泉純一郎や石原慎太郎の政治がファシズム的だとよく言われる。歴史上のファシズムとどこが似ていて、どこが違うのだろうか。小泉の「ワンフレーズ・ポリティックス」は誰かの単純化戦略に似ている。4月15日の朝日新聞社説には驚いた。東京都教育委員会が、都立学校の職員会議で先生たちの挙手や採決を禁止したという。ヒトラーの多数決禁止や指導者原理を想起させる。本書は、1979年に有斐閣から出たファシズム研究の古典の増補文庫版である。独伊日を中心に、半世紀前のファシズムの思想、運動、体制の特質を分析した比較政治体制論の研究である。

佐藤真紀著『戦火の爪あとに生きる 劣化ウラン弾とイラクの子どもたち』(童話館出版、2006年、本体1800円)

 長崎市内の出版社である童話館出版から4月に刊行された。劣化ウラン弾の放射能で、イラクの子供たちが白血病や先天異常に見舞われている。本書は、イラクの子どもたちの写真や絵(子供たちが描いた絵)に、日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)の事務局長である著者が解説を加えたものである。あとがきの一節を抜粋しよう。「イラク戦争がはじまる前に、ラナちゃんに会って絵をかいてもらったことで、ラナちゃんと友だちになることができました。それ以来、たくさんの子どもが絵をかいてくれました。その数は100枚を越えます。明日死んでしまうかもしれない子どもたちが、こんなにすばらしい絵をかいてくれるのです。1枚1枚を見ると、その子の顔が浮かんできます。でも、ほとんどの子どもが死んでいきました。」

伴英幸著『原子力政策大綱批判 策定会議の現場から』(七つ森書館、2006年、本体2500円)

 国の原子力関係の審議会は業界関係者、官僚OB、御用学者など「原子力ムラ」関係者でかためて、既存の国策に沿った答申しか出さないことで知られてきたが、2000年以降は、九州大学の吉岡斉教授や本書の著者(原子力資料情報室共同代表)のような異論派(脱原発派)も1人か2人は入れざるをえなくなった。結局多数決で原発推進を継続するという筋書きは見えているのだが。周知のように日本政府は核兵器国と日本にしか存在しないプルトニウム大量消費路線(高速増殖炉、プルサーマル、核燃料再処理の推進)に固執している。その結果、必要性、安全性、経済性、核拡散の観点から疑問の多い政策が検証のないまま続いてきた。本書はその実態となぜそうなるのか、有権者はどう考えるべきかをわかりやすく論じる必読の本である。

原発依存症はエネルギー多消費を招く。原発推進のために「省エネルギー」でなく「増エネルギー」が必要になる。原子力政策大綱では、2100年の日本人が現在に比べて最終エネルギーで1・5倍、電力需要で2・6倍も多くのエネルギーを使うと想定されている(本書48頁)。政府の主張とは逆に、原発依存は地球温暖化をむしろ悪化させるのである。日本政府はどこまで執念深く嘘をつき続けるつもりなのだろうか。

本書をじっくりと読んで、日本のエネルギー政策のどこに問題があるのか、よく考えてほしい。

章立てを紹介しておこう。

はじめに 新計画策定委員になって

第1章 原子力委員会の任務

第2章 「原子力長期計画」から「原子力政策大綱」

第3章 原子力政策大綱の構成

第4章 三割から四割を原子力発電に依存し続ける。

第5章 「夢」の高速増殖炉

第6章 焦点の核燃料サイクル

第7章 斜陽化すすむ原子力産業

<講演会のお知らせ> 2006年5月271330分から、長崎県教育文化会館で「核兵器、劣化ウラン兵器、原発を考える」講師:戸田清 平和を考える会主催 参加費無料

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』38号(2006年7月)1011

河辺一郎著『日本の外交は国民に何を隠しているのか』(集英社新書、2006年、本体660円)

 有権者必読の本だ。外務省が国民に何を隠しているか、政治家、ジャーナリスト、学者もいかにだまされているか、右派メディアとリベラルメディアの論調の違いをどう読み解けばよいのか。事実にもとづいて詳細にわかりやすく検証している。章立てを紹介しよう。1章 国連分担金滞納国・日本、2章 イラク戦争と日本、3章 常任理事国になって何をするのか、4章 矛盾する論理と混乱する議論、5章 国連を乗り越えて暴走し始めた日本、6章 日本の分担率は不当か

食品と暮らしの安全基金・古長谷稔著『放射能で首都圏消滅』(三五館、2006年、本体1200円)

日本列島が地震の静穏期から活動期に入ったという学説が地震学界で有力になりつつある。東海地震の予測地域にある浜岡原発が地震に見舞われたらどうなるのだろうか。地震災害と原発事故の複合災害を「原発震災」というが、石橋克彦神戸大学教授の造語である。浜岡原発で原発震災が起こったら、長期間の死者は100万人を越えるかもしれない。本書は浜岡原発で予想される原発震災についてわかりやすく説明。

カネミ油症被害者支援センター編『カネミ油症 過去・現在・未来』(緑風出版、2006年、本体2000円)

ガルトゥングの構造的暴力概念の例証として、日本では水俣病と並んでカネミ油症は最もわかりやすい事例だろう。日本では上級審に行くほど国寄りの判決が出る傾向があるが、カネミ民事裁判では、最高裁逆転敗訴を恐れた原告らが訴訟を取り下げたために、判決確定前に国が払った仮払いの賠償金が債務となり、国(農水省)が原告に仮払金の返還を請求し、自殺者まで出ている。日本政府が公害病被害者をいじめるという異様な事態である。本書はカネミ油症被害者救済がどのようにして失敗したか、いま何をすべきかをわかりやすく提示している。原田正純、津田敏秀、保田行雄ほか著。必読である。

スティーブン・ペレティエ著、荒井雅子訳『陰謀国家アメリカの石油戦争 イラン戦争は勃発するか!?』(ビジネス社、2006年、本体1700円)

朝日新聞の書評欄で見て早速購入した。著者はイラン・イラク戦争当時のCIA(米中央情報局)イラク担当上級分析官。アラビア語に堪能。カリフォルニア大学バークレー校の政治学博士(これはダグラス・ラミスと同じ)。米国のエリート官僚が早期退職して厳しい米国政府批判に転じるのは、『アメリカの国家犯罪全書』(作品社)の著者ウィリアム・ブルム(元国務省職員)と同じだ。章立ては次の通り。1章 1990年代中東における地殻変動、2章 石油覇権をめぐるアメリカの中東への関与、3章 アメリカの中東政策、無策と無謀、4章 石油支配への野望、5章 戦争国家アメリカの必勝戦略。中東情勢と米国の戦略を理解するうえで、必読の文献である。

本山美彦著『売られ続ける日本、買い漁るアメリカ 米国の対日改造プログラムと消える未来』(ビジネス社、2006年、本体1300円)

著者の長崎での講演(5月20日)は好評であった。阪神大震災の記憶が新しい1998年に米国の圧力で建築基準法が「改正」され、耐震性に疑問のある木造三階建て住宅が認可されたが、米国産木材の輸入促進のためであった。ウォルマート社は社員に生活保護申請を奨励しているという。給料が安いと宣伝するようなものだ。いずれも本書で紹介されるエピソードである。帯の言葉を紹介する。「次は医療が売り渡される。日本市場“完全開放”のゴールを2010年と定めた米国は、肉や野菜を始めとした食品、電気通信、金融、建築、保険、法律、学校、証券市場など、ありとあらゆる社会構造の“最終改造”に入った。開放という美辞麗句の下、痛みを伴う構造改革の果てに我々日本人がたどり着くのは、これまで経験したことのない想像を絶する“下流社会”と“植民国家”の誕生である。」

目次を紹介しておこう。1章 米国エスタブリッシュメントが進める日本改造、2章 「神々の争い」に敗れた日本、3章 日米投資イニシアティブの正体、4章 日本の「医療市場」が飲み込まれる、5章 「5つのレポート」が与えるアンダー・プレッシャー、6章 世界経済を恫喝する「USTR」。政治経済における対米従属、小泉改革の深層を知るうえで必読。著者は経済学者。

ジェフリー・マッソン著、村田綾子訳『豚は月夜に歌う 家畜の感情世界』(バジリコ、2005年、本体1800円)

 ニュージーランドで、賢い子羊は扉のかんぬきの外し方をすぐに覚えてしまう。そんなに難しいわけではないので、頭のよくない仲間の子羊たちにもやりかたを教えているのではないかと心配する者もいた。「かんぬきを外せる羊には、どう対処するんですか?」「撃ち殺すよ。そうすれば、ほかの羊にやりかたを教えられない」これは本書のなかのエピソードである。帯の言葉を紹介しよう。「人が知りえぬ愛すべき家畜たちの姿。ブタは満月にむけて歌い踊る。ニワトリには優れたユーモアのセンスがある。ヒツジは顔をいつまでも憶えている。ヤギは受けた恩をけっして忘れない。ウシは我が子を思う気持ちがもっとも強い。アヒルは仲間同士で争ったりはしない。」著者はシカゴ生まれの精神分析学者。菜食主義をすすめている。ドゥグラツィア著、戸田清訳『動物の権利』(岩波書店)もあわせて読んでほしい。

渡辺治著『構造改革政治の時代 小泉政権論』(花伝社、2005年、本体2500円)

 中曽根政権を抜いて、佐藤栄作政権、吉田茂政権に次ぐ戦後3位の長期政権となった小泉政権が、あと数ヶ月で終わろうとしている。小泉政権のもとで新自由主義的構造改革(弱者切り捨てと大企業支援。いま審議中の医療制度改革法案が通れば「金持ちには良い医療」という階層化がさらにすすむ)と軍事大国化(有事法制、イラク派兵など)がなぜ急速に進んだのか。小泉政権の功罪(功はあまりないと思うが)をいまこそ総括すべきであろう。本書は小泉政権の本質を理解するうえで必読の文献である。著者は長崎でも昨年講演した政治学者。同じ著者の『憲法「改正」 増補』(旬報社)もあわせて読んでほしい。序章 9・11総選挙の結果と小泉政治の新段階、1章 小泉政治とは何であるか、2章 「構造改革」の新段階と新しい福祉国家、3章 9・11事件と軍事大国化の新段階、4章 グローバル有事法制のねらい、5章 ブッシュの世界戦略と日本、6章 今なぜイラク特措法なのか、7章 いまなぜ教育基本法「改正」か、8章 新自由主義戦略としての司法改革・大学改革、9章 民主党の変貌、10章 保守二大政党下のマスコミ、11章 保守二大政党の確立へ、12章 現代改憲のねらいと諸類型。

梅林宏道著『米軍再編 その狙いとは』(岩波ブックレット、2006年、本体480円)

世界のどこにでも短期間で軍を展開することをめざす米軍再編の真の狙い、そして日本に何が求められているかを分析する。米軍再編への「3兆円支援」を許していいのだろうか。

水口憲哉著『放射能がクラゲとやってくる』(七つ森書館、2006年、本体800円)

六カ所再処理工場のアクティブ試験入りが強行された。原発が1年間の平常運転で放出する放射能を1日で放出する使用済み核燃料再処理工場。大量の放射能が海に捨てられようとしている。青森で捨てられた放射能は海流に乗って関東沖までも来るだろう。英国の再処理工場で汚染したアイリッシュ海の二の舞になっていいのか。英国の先例をふまえて、放射能汚染の影響を予測して警告する。いまからでも遅くないから操業をとめよう。著者は水産学者。

田中優著『戦争って、環境問題と関係ないと思ってた』(岩波ブックレット、2006年、本体480円)

 嘘、金儲け、戦争、環境破壊は密接に関係している。石油浪費文明、軍需産業のための戦争。アフガニスタンとイラクで劣化ウラン兵器が使われたときに英国上空のウラン濃度が急上昇したとは驚いた。大気圏核実験は日本の死産率も上昇させたようだ。戦争、資源・環境、政治経済の関係をとらえるうえで必読の本である。

「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』39200610月)1011

伊藤実、小出裕章、嶋橋美智子ほか著『浜岡原発の危険 住民の訴え』(実践社、2006年、本体800

東海大地震の想定地域に立地する中部電力浜岡原発は、世界で最も心配されている原発のひとつである。大地震が原発事故を誘発する「原発震災」という複合災害。浜岡には5基の原発が立地され、さらに九電玄海原発とともに危険なプルサーマル運転にものり出そうとしている。原発のある町では甲状腺の病気が多いという噂があるそうだ。疫学調査が必要だろう。京大の小出裕章博士が寄稿した「浜岡原発 破滅を抱える危険物」も図表入りでわかりやすい。浜岡原発で息子を原発労災(白血病)で亡くし、遺族として労災認定を勝ち取った嶋橋さんも寄稿。伊藤氏は地元の「浜岡原発を考える会」の代表である。原発城下町の実態も含めて、原発問題の入門書としても大変わかりやすい1冊である。

阿部浩己、鵜飼哲、森巣博著『戦争の克服』(集英社新書、2006年、本体720

作家森巣、哲学者鵜飼、国際法学者阿部の対談、鼎談による、わかりやすく実践的な平和学の入門書。章立てを紹介しよう。第一部 戦争を理解する(アメリカ単独主義、近代における戦争の歴史、戦争に接近する日本)、第二部 岐路に立つ国際法(なぜ国際法は戦争を止めることができないのか、難民の世紀、戦争に参加する日本)、第三部 戦争を克服する(正戦論の世紀、境界線の暴力をいかに超えるか、私たちに何ができるか)。あとがきでは、阿部が「裁判長」をつとめるイラク国際戦犯民衆法廷にも言及している。

近藤克則『健康格差社会 何が心と健康を蝕むのか』(医学書院、2005年、本体2500

 新刊ではなく2005年刊であるが、重要なので紹介する。英米では、貧乏人や黒人は平均寿命が短い、乳幼児死亡率が高い、肺癌死亡率が大きいといったことがよく議論される(戸田清『環境的公正を求めて』新曜社1994年)。ところが最近の日本の「格差社会」をめぐる議論では、社会経済的要因による健康格差の問題が抜け落ちている。本書は、公衆衛生学の専門家が、日本の健康格差の実態と、それを説明する理論仮説を解説した本である。先進国ではこの数十年のあいだに健康格差が拡大している国が少なくない。経済格差の拡大をもたらす新自由主義政策は教育格差、健康格差をもたらす。経済格差の大きい社会では健康水準が下がる。うつ病の発生率などを指標にすると日本は所得階層によってすでに5倍の健康格差がある。6月に成立した医療制度改革法が何をもたらすかも心配だ。なお、近藤氏の最近の論文は『中央公論』2006年8月号(健康格差の特集)にも収録されている。

河井智康著『原爆開発における人体実験の実相 米政府調査報告書を読む』(新日本出版社、2003年、本体2500

 これも新刊ではなく2003年刊であるが、重要なので紹介する。クリントン政権による報告書の紹介と解説である。核開発の実態をみるうえで、必読であろう。章立てを紹介する。

第1話 病院患者へのプルトニウム注射

第2話 精神障害児へのラジオアイソトープの投与

第3話 囚人を使った睾丸放射線照射

第4話 兵士による核戦争被害の実験

第5話 ウラン抗夫の被曝体験調査

第6話 マーシャル人の被曝体験調査・実験

第7話 その他の2つの実験

アメリカの人体実験をどう見るか

解説:人体実験をもたらした核軍拡競争と核兵器廃絶の展望

デリック・ジェンセン&ジョージ・ドラファン著、戸田清訳『破壊される世界の森林 奇妙なほど戦争に似ている』(明石書店、2006年、本体3000

拙訳の新刊なので紹介しておこう。世界の森林は当初の4分の3が消滅し、毎日平均130種の生物が絶滅している。章立ては、森林伐採、森林居住者、説明責任、森林を殺す、世界をパルプにする、嘘というボディガード、粉飾システム、腐敗、現実の世界におけるグローバル化、世界を消費する、解決策の失敗、ギルガメシュを拒絶する。

ダグラス・ラミス著『憲法は、政府に対する命令である。』(平凡社、2006年、本体1300

 著書は元津田塾大学教授で、沖縄在住の米国人政治学者。長崎でも数回講演している。日本人よりわかりやすい日本語で憲法9条の意義を語る。同時に政治学入門でもある。印象的な言葉をいくつか引用しよう。「もし、憲法案の作成があと半年遅かったら、今のような憲法にはなっていないはずだ。現在の日本国憲法の制定が可能だったのは、あの第二次大戦直後のわずか数ヶ月間だけだっただろう。施行後しばらくして、米政府は(特に第九条に関して)後悔することとなったが、後の祭りだった。」「押しつけ説のもう一つの言い方として、アメリカによってアメリカ風の憲法が押しつけられたというのがある。……学問の自由(第23条)、結婚の自由(第24条)、健康で文化的な生活権(第25条)、勤労者の団結権(第28条)のような社会的人権条項は、アメリカ憲法にはまったく入っていない。その違いは時代の移り変わりのせいだといえるだろう。」「不思議なことに、高等教育を受ければ受けるほど、この第九条の意味を読み取る能力がどんどん低下するらしい。」「憲法は押しつけ憲法といわれ、日本に対する内政干渉だと攻撃される。それにもかかわらず、同じ人びとが、安保条約を押しつけ安保、内政干渉だと非難しないことはとても不思議である。」「ある社会が歩む道を選んだ場合、選ばなかった道のよさは消えないし、そのよさを忘れない方がいいだろう。忘れてしまうと、自分の社会がした選択がいったい何だったのかがわからなくなる。そういう意味で、選ばなかった道を主張、表現し続ける自由を許すことはきわめて重要である。」自分の考えを改めて整理するためにも、是非読んでほしい。

成澤宗男著『「9・11」の謎 世界はだまされた!?』(株式会社金曜日、2006年、本体1000

 『週刊金曜日』の好評連載に加筆して1冊の本にまとめたもの。対テロ戦争は子供を含む民間人の誤爆が十分に予想されるのに行っている「未必の故意の国家犯罪」であるが、その口実となった911テロとは何であるのか。911テロについて、ブッシュ政権が多くの重大な嘘をついた可能性が極めて高い。本書は、その疑惑をわかりやすく解説したものである。貿易センタービルが「スムーズに」倒壊したのは、建物の中に多くの爆弾が事前に仕掛けてあったからではないのか? ペンタゴンに激突したのは、大型旅客機よりずっと小型の軍用飛行物体ではないのか? ピッツバーグ近郊に落ちた飛行機は、墜落ではなく、米軍機に撃墜されたのではないのか? テロ当日多くの軍事演習が行われていて、テロが当初演習と混同されたのはなぜか? テロを事前に知っていたと思われる誰かが株の大量取引で儲けたと思われることは何を意味しているのか? 現在FBIがビンラディンをテロの容疑者と見ていないのはなぜか? などの疑問点をわかりやすく解説している。

 なお『週刊金曜日』で911テロの疑惑について同じ成澤による新しい連載が9月15日号から進行中である。同誌の安倍晋三「次期首相」の疑問点の連載、航空会社の労働条件悪化と安全性低下の問題についての連載も大変興味深い。それもあわせてご覧いただきたい。

ベンジャミン・フルフォード著『9・11テロ捏造 日本と世界を騙し続ける独裁国家アメリカ』(徳間書店、2006年、本体1600

 著者は在日カナダ人ジャーナリスト。元『フォーブス』誌記者で、現在はフリーランス。先に紹介したラミスの本と同じく、英語を母語とする著者が日本語で書き下ろした好著である。911テロの疑問点を写真つきでわかりやすく解説するとともに、その疑問点200項目あまりが海外のウェブサイトから箇条書きで紹介されているので、先の成澤の本と併読されることをおすすめする。他に、ブッシュがどのようにして選挙を盗んだか(マイケル・ムーアやグレッグ・パラストの指摘と比較されたい)、劣化ウラン兵器は実は環境破壊による人口削減を狙っているのではないか、「北朝鮮の脅威」はなぜ誇張されるのか、など興味深い記述が多い。

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』402007年1月)8-9頁

品川正治著『9条がつくる脱アメリカ型国家 財界リーダーの提言』(青灯社、2006年、本体1500円)

 1029日に著者の長崎での講演を聞いた。絶えず戦争するアメリカと平和憲法を持つ日本では価値観が違うという言葉が印象に残った。アメリカ式の資本家本位・勝ち組本位の「覇権的資本主義」を批判する。1924年神戸生まれの著書は旧制第三高校のとき学徒出陣。陸軍二等兵として中国大陸での戦争を経験する。戦後東大を出て、日本火災海上保険の社長、会長などを経て、現在は経済同友会終身幹事。9条改訂の危険性を説く財界人として全国で講演。講演も著書もわかりやすい。目次を紹介する。なぜ9条改定に反対するのか、経済界の9条改定の動き、中国大陸最前線へ-私の戦争体験、アメリカの軍事行動に従う日本、9条がつくる21世紀日本のかたち、日本とアメリカの価値観は違う。

中西輝政編『「日本核武装」の論点』(PHP研究所、2006年、本体1500円)

もちろんこの本は反面教師である。安倍首相のブレーンとして知られる中西京大教授(国際政治学)が編集、著者には同じく安倍ブレーンの西岡力の他に、櫻井よしこ、日下公人、平松茂雄、伊藤貫、兵頭二十八と右派論客が並ぶ。中西は、南京大虐殺は虚構だと述べている。本書の発行日付は、安倍政権発足の直前の9月19日である。本書の見出しをいくつか拾ってみよう。核兵器を持たない国は「日本」だけという状況、「ミサイル防衛」では核抑止力にならない、非核三原則を早急に見直すべし、「日本は原子力潜水艦と原子爆弾を持つ」と宣言せよ、日本がつぶれないために核武装せよ、これが安上がりで賢明な核装備だ、核装備は漸進主義で、いまは日本核武装のラスト・チャンス、日本の核武装がシナの核攻撃を抑止する、核兵器のつくり方、「核の傘」やMDでは日本を守れない、などである。

伊藤は1953年生まれ、東大経済学部卒、米国在住の金融アナリスト。「日本の核抑止力保有を米国政府に納得させる5つのロジック」が興味深い。①非民主的な武断主義国家である中国、北朝鮮、ロシアの核ミサイルに威嚇されている日本は、主権国家として核武装の権利がある。核の傘やミサイル防衛は頼りにならない。②米国の覇権利益を優先させて、3カ国に威嚇されている日本の核武装を認めないのは、道徳的に正しくない。③日本が核武装すると、NPT体制が崩れて東アジアで核兵器獲得競争が起こるという米国の主張は、偽善的である。なぜなら中朝露とともに米国もNPTの核軍縮義務を守らなかったからである。④日本と米国には全体主義中国の覇権主義を封じ込める共通のミッションがある。集団的自衛権を行使して自衛隊は米軍とともに戦えといいながら、独立国にふさわしい自主的防衛能力、自主的核抑止力を持たせないのは、利己的で狡猾であり、日本人の嫌米感情を強める。⑤原爆投下は婦女子を含む30万人の市民を無差別虐殺した戦争犯罪であり、にもかかわらず中朝露に核武装させても日本の核抑止力を認めないのはグロテスクであり、道徳的感受性が疑われる。この5つの論点を持ち出すと、「顔が青ざめて絶句してしまうアメリカ人が少なくない」と伊藤は言う。

平松は中国の軍事と外交の専門家で、防衛庁防衛研究所を経て、杏林大学教授。岩波新書、文春新書などの著書がある。兵頭は1960年生まれの元陸上自衛官で「軍学者」を名乗る軍事オタク。東京工業大学大学院で江藤淳に師事した。単著に『ニッポン核武装再論 日本が国家としてサバイバルする唯一の道』(並木書房2004年)がある。日下は著名な経済評論家であるが、核武装についても発言しているとは知らなかった。

本書といま言及した兵頭の単著の他に、類書としては、中川八洋(筑波大学教授)の『日本核武装の選択』(徳間書店2004年)がある。中川は藤岡信勝よりずっと以前から、右派教授として有名である。日本の核武装論を分析するためには、この3冊は「必読」であろう。

ちなみに中西と櫻井は、八木秀次、佐々淳行、古森義久、宮内義彦、カルロス・ゴーンらとともに、『安倍晋三対論集 日本を語る』(PHP研究所2006年4月)に出ている。

安田喜憲著『一神教の闇 アニミズムの復権』(ちくま新書、2006年、本体720円)

 環境破壊と軍事紛争の背後に畑作牧畜文明と一神教がある、平和と環境保全のために多神教とアニミズムの再評価が必要だ、と主張する。著者の専門は花粉分析を用いた環境史・環境考古学。少し右寄りの思想を持つ。環境と平和と文明を考えるうえで興味深い本である。安田はアニミズム再評価の先行研究として岩田慶治と梅原猛の著作をあげているが、何故か故鶴見和子への言及はまったくない。鶴見が「左寄り」だからであろうか。

鈴木真奈美著『核大国化する日本 平和利用と核武装論』(平凡社新書、2006年、本体780円)

 日本が原爆5000発分のプルトニウムを抱えていることはよく知られている。著者はグリーンピースの核問題担当などを経て、フリーランス・ジャーナリスト。本書は『プルトニウム=不良債権』(三一書房1993年)に続く二冊目の単著である。訳書には、ウィリアム・ウォーカー『核の軛 英国はなぜ核燃料再処理から逃れられなかったか』(七つ森書館2006年)がある。本書の章立てを紹介しよう。日本は「非核兵器国」を選択した、「核燃料サイクル」のキーワード、「核拡散」のキーワード、核兵器保有国の増殖、プルトニウム大国・日本。日本の潜在的核武装を考えるうえで、最良の入門書として、おすすめしたい。

グローバルヒバクシャ研究会、高橋博子、竹峰誠一郎編『市民講座 いまに問う ヒバクシャと戦後補償』(凱風社、2006年、本体1300円)

本書の章立てを紹介しよう。21世紀における平和秩序の構築を求めて(木村朗)、未決の戦後補償(前田哲男ほか)、原爆症認定集団訴訟が問いかけるもの(沢田昭二)、ビキニ・ヒロシマ・ナガサキをつなぐ(竹峰)、ビキニの「あの時」そして「現在」(高橋)、ニュークリア・レイシズム(豊崎博光)、チェルノブイリ原発事故20年(今中哲二)、放射能の脅威は我らが生活の間近に迫る(鎌仲ひとみ)、ヒロシマからウラン兵器禁止を訴える(振津かつみ)、隠されたヒロシマ・ナガサキの実相(高橋)。ヒバクシャの視点から核の軍事利用と民事利用の全体像に迫るすぐれた入門書である。あと入れるとすれば、ウラン鉱山問題、原発平常運転に伴う労働者被曝、の章があったほうが良かったかもしれない。

小林圭二・西尾漠編『プルトニウム発電の恐怖 プルサーマルの危険なウソ』(創史社、八月書館発売、2006年、本体1600円)

 日本政府が危険で不必要、潜在核武装にもつながる再処理、プルサーマルの推進を国策としていることは、よく知られている。

「第Ⅰ部 プルサーマルの不要性と危険性」で問題点をわかりやすく伝える。「第二部 プルサーマル計画で狙われる現地」は、福島原発、柏崎原発(住民投票で拒否)、浜岡原発、高浜原発、島根原発、伊方原発、玄海原発、青森(六ヶ所村の再処理工場)の実情を伝える。玄海原発については、いつものように深江守(脱原発ネットワーク・九州)の執筆である。

 ところでみなさんは、原子炉級プルトニウムのほうが核兵器級プルトニウムより毒性が強いことはご存じですね? 半減期が短いプルトニウム238が多く含まれるからである。日本がためこむ43トンのプルトニウムのうち1トン弱は兵器級(高速増殖炉の炉心周囲の劣化ウランに由来)で全量国内にある。残りが原子炉級で、半分以上はまだ再処理委託先の英仏にある。

鎌田遵著『「辺境」の抵抗 核廃棄物とアメリカ先住民の社会運動』御茶の水書房、2006年、本体3800円)

著者は1972年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校ネイティブアメリカン学部を卒業、大学院では都市計画で博士号を取得した。先住民がウラン開発や核廃棄物の大きな影響をこうむってきたことはよく知られている。先住民の共同体が、当然核廃棄物を拒否する場合もあるし、「地域開発」のためにあえて誘致しようとする場合もある。本書は、米国の大学で先住民学を専攻した著書によるすぐれたフィールドワークである。関連書に石山徳子『米国先住民族と核廃棄物 環境正義をめぐる闘争』(明石書店2004年)がある。

「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』4120074月)9-10

イマキュレー・イリバギザ著、堤江実訳『生かされて。』(PHP研究所、2006年、本体1600

 本書の原題を直訳すると、「語るために残された。ルワンダ・ホロコーストのなかで神を見いだす。」である。本書の帯の言葉を紹介する。「100日間で100万人のツチ族が虐殺された。1994年、ルワンダ。隣人が、友人が、殺戮者と化し大鉈、ナイフを手に『皆殺し』を叫ぶ。小さなトイレに身を隠し、奇跡的に生き抜いたツチ族女性の魂の手記。『夜と霧』『アンネの日記』を彷彿させる全米ベストセラー。」邦訳の刊行を機に来日したらしい。テレビのニュースで見たが,息をのむような美しさだった。180センチ近い長身らしい。当時、父母、次兄、弟が虐殺された。長兄はセネガルの獣医科大学に留学中だったので難を免れた。本人は牧師館の狭いトイレに女性6人で何十日も隠れる。体重は52キロから30キロに激減した。現在は36歳、二児の母、国連職員でニューヨーク在住。あのときは、フツ過激派と政府がツチを「ゴキブリ」「ヘビ」呼ばわりして扇動したのであるが、普通のフツ市民も乗せられてしまった。そのなかで心あるフツ市民は、ツチを救うために死の危険を犯して尽力した。関東大震災のときに朝鮮人・中国人虐殺をした日本人のように「民衆責任」も問われる事例であろう。イマキュレーがカトリックの信仰に支えられた様子も描かれる。それにしても、ルワンダやユーゴやカンボジアのような小国の国家犯罪は国際法廷で裁かれるのに、米国(アフガニスタン、イラク)やロシア(チェチェン)のような核大国の国家犯罪は放置される。不公平だ。

門倉貴文著『ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る』(宝島社新書、2006年、本体720

 タイトルに「格差社会」を含む本は20冊を越えるようだが、タイトルに「ワーキングプア」を入れた単行本は、本書が最初かもしれない。働く貧困層。日本では年収200万円未満をいい、550万人くらいいるという。1210日の「NHKスペシャル ワーキングプアⅡ」では400万世帯といっていた。本書の章立てを紹介する。「日本の労働者の4人に1人は生活保護水準で暮らしている」「働き盛りを襲うワーキングプアの恐怖」「崩壊する日本型雇用システム」「非正社員で働く若者たち」「構造改革による自由主義経済と民営化の果てに」。著者による10人のワーキングプアのインタビューも収録されている。シングルマザー、高校の非常勤講師、元大手100円ショップ店長、元会社社長、元システムエンジニアでホームレスも経験した人、障害者施設職員など。著者は1971年生まれで、横浜銀行のシンクタンクなどを経て、現在はBRICs経済研究所の代表を務める企業エコノミストである。なお、雑誌の特集では、『ポリティーク』10号(旬報社)の「特集 現代日本のワーキングプア」が必読であろう。大学教員にもワーキングプアがいることは案外知られていないだろう。専業非常勤講師である。長崎大学を本務校として長崎外国語大学や活水女子大学で非常勤講師をするような場合と違って、非常勤講師だけで食べている人たちのことである。首都圏や関西に多い。年収はとても低い。OECD諸国のなかで貧困率が高いのは、米国、メキシコ、日本などである。低いのは北欧諸国である。米国や日本のワーキングプアは増加傾向にある。大企業優遇政策のためである。長崎県の最低賃金が低いことはみなさんもご存じだろう。2006年度において、東京都は時給719円、長崎県などは611円である。最下位は沖縄県などの610円である。

毎日新聞社会部著『縦並び社会 貧富はこうして作られる』(毎日新聞社、2006年、本体1400

 「縦並び社会」は毎日新聞の造語。毎日新聞の好評連載を本にしたもので、2ヶ月で第4刷になったベストセラー。日本企業が中国で日本人を雇うと時給300円以下で働かせることができる。1970年代の公害輸出を想起させる1990年代からの韓国へのサラ金輸出。アジア通貨危機で韓国がIMFの管理下におかれると利息制限が廃止され、どんな高金利でも合法になった。そこに目をつけた日本の消費者金融が進出。日本と世界の格差社会の実態をわかりやすく具体的に描いた好著である。見出しをいくつか拾ってみよう。「派遣労働の闇」「寝ずの時速90キロ」「海外へ年金移民」「中国で働く若者たち」「消えゆく村の苦悩」「バス運転手の過酷」「のしかかる保険料」「患者を苦しめる特許ゲーム」。このような良書がよく売れるのはいいことだ。是非とも多くの人に読んでほしい。

ヴァンダナ・シヴァ著、浦本昌紀監訳、竹内誠也・金井塚務訳『食糧テロリズム 多国籍企業はいかにして第三世界を飢えさせているか』(明石書店、2006年、本体2500

 シヴァは、インドの科学者で市民運動家。7点目の邦訳である。農業・畜産・水産の工業化を、具体的な根拠をたくさんあげて厳しく批判する。遺伝子組み換え作物の大半は、除草剤抵抗性作物と、害虫抵抗性品種である。化学汚染が減る、食糧問題が解決するというのがモンサント社などの宣伝であるが、農薬の使用量や残留量が増え、収量が減るという報告がある。自社の除草剤と除草剤抵抗性作物を抱き合わせで売るので企業の利益は増える。「白い革命」は遺伝子組み換え成長ホルモンを注射して、牛の健康を犠牲にしながら乳量を増やそうとする。「青の革命」は、トロール船や大規模流し網による工業的な漁獲漁業であり、またマングローブ林を破壊し、ウイルス病を蔓延させ、水産用医薬品を多用する工業的養殖である。資源を枯渇させ、小規模漁民の生計を奪う。世界の食糧・農業問題を考えるうえで必読の本である。食糧自給率の低い日本は、多国籍企業の戦略や気候変動に対して特に脆弱ではないだろうか。

伊藤直子・田部知江子・中川重徳著『被爆者はなぜ原爆症認定を求めるのか』(岩波ブックレット、2006年、本体480

 2003年に始まった原爆症認定集団訴訟の意義を、被団協事務局員と担当弁護士がわかりやすく解説する。被爆者手帳所持者のなかで、原爆症認定はわずか0.9%。遠距離被爆、入市被爆は機械的に切り捨てられ、内部被曝は軽視される。2001年に「原爆症認定に関する審査の方針」が出されて、認定はむしろ厳しくなった。水俣病の昭和52年(1977年)判断条件による認定基準の改悪が想起される。水俣病関西訴訟最高裁判決で原告が勝訴したあとも環境省が判断条件を見直さないどころか、77年に基準を改変したことさえ否定しようとするが、原爆症認定で原告勝訴が続くなかでの厚生労働省の姿勢も同じくらい頑なだ。原告側があげる「原爆症と認定すべき10の疾病・障害」を見ると、最初の固形がんから最後のぶらぶら病まで、当然と思われるものばかりだ。科学を無視しているのは国のほうだというのは、その通りだと思う。

北岡秀郎・熊本県原爆被害者団体協議会・原爆症認定訴訟熊本弁護団編、牟田喜雄医師監修『原爆症認定訴訟 熊本のヒバクシャたち』(花伝社、2006年、本体800

原爆症認定集団訴訟の熊本原告団・弁護団は、水俣病裁判などの経験を生かして疫学調査に取り組んだ。これを「プロジェクト‘04」という。県内の被爆者のうち278人(うち8割は遠距離・入市被爆)と対照群(非被爆者)約500人の比較である。その結果、遠距離・入市被爆でも65%が急性症状を経験しており、また癌の発症率も対照群の2倍であった。国は1990年までのデータしか認定審査の基礎にしていないが、癌の8割は1991年以降に発症している。残留放射線・内部被曝を軽視・無視する国は遠距離被爆者を被爆ゼロとみなして「対照群」にしているので、被爆者と非被爆者の比較ではなく、近距離被爆者と遠距離被爆者の比較になってしまっており、非科学的である。また、原爆症裁判での野口邦和氏(日大、放射線防護学)と矢ヶ崎克馬氏(琉球大、物理学)の専門家証言要旨や、大阪地裁判決の抜粋も収録されているので大変参考になる。長崎現地検証の成果も説明されている。原爆症認定患者の実数(生存患者数)がこの20年間きれいに2000人前後になっているのは、医療費の予算枠にしばられているからだ(そのための科学的装いをもった「足切り」の道具が「原因確率論」である)という指摘、米国退役軍人の1ヶ月後の入市被爆でも21種類の病気で補償が受けられる(米国の放射線被爆退役軍人補償法)との指摘も重要である。さきほど紹介した岩波ブックレットと本書をあわせて熟読することにより、国の認定基準の欠陥と集団訴訟の意義が鮮明に理解できるだろう。

「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』422007年7月)9-10

西尾漠著『むだで危険な再処理』(緑風出版、2007年、本体1500

 六ヶ所村の核燃料再処理工場の本格稼働が近づいている。1日の平常運転で原発1年分の放射能を垂れ流す再処理工場。英仏の再処理工場の近隣では小児白血病が多発している。プルトニウムを大量にため込んで潜在的核武装を誇示(?)する日本は、再処理によってさらに大量のプルトニウムを追加しようとしている。本書は、30年以上原発問題に取り組む著書が、再処理工場の問題点をわかりやすく解説した必読の本である。

藤永茂著『「闇の奥」の奥 コンラッド・植民地主義・アフリカの重荷』(三交社、2006年、本体2000円)

 朝日新聞の書評(2007年2月4日)を見て直ちに書店に行き、本書を購入した。とにかく藤永の本である。著者は1926年生まれの物理学者。名著『アメリカ・インディアン悲史』(朝日新聞社1972年)で知られる。コンゴ民主共和国と聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか。ベルギー領コンゴ、ザイールなどを経て現在の国名になった。いわゆるアインシュタインの手紙(レオ・シラード執筆)でベルギー領コンゴのウランが推奨されたので、広島・長崎原爆のウラン(長崎に投下されたプルトニウム原爆の原料も、もともとはウラン238である)の8割はコンゴ産であった。後発の帝国であるベルギーの植民地支配は、他の帝国主義列強と比べても苛酷であった。虐殺(百万人単位とも言われる)、手首の大量切断、事実上の奴隷労働などが知られている。そして最近のコンゴ内戦は、第二次大戦後最大の戦争とも言われる。また本書に言及はないが、私にとってはあの類人猿ボノボの生息地である(暴力的で男尊女卑のヒトやチンパンジーと違って、ボノボは平和的で男女平等である)。ポーランド出身の英国の小説家ジョセフ・コンラッドの『闇の奥』は19世紀末のコンゴを舞台として帝国主義を告発する名作として、英語圏では多くの教科書に採用された。しかしこの小説の実態は、ベルギー帝国主義を告発しつつ英帝国主義を美化し、黒人蔑視を示すものであった。ナイジェリアのアチェベなど慧眼な文学者たちはそれを見抜いた。日本はもちろんかつての帝国主義列強のひとつであり、現在は英国とともに「アメリカ帝国」のジュニア・パートナーである。本書は、帝国主義、植民地支配の本質を知るための必読書である。本書の記述は実にわかりやすく、80歳になる著書の筆の迫力にも驚かされる。

萱野稔人著『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社、2006年、本体1500円)

 本書は出色の哲学的暴力論である。哲学的と言っても決して難解ではなく、実にわかりやすい。言及する実例も鮮やかである。たとえば1960年安保闘争のとき、10万人のデモ隊を2万人の警官隊によって「おさえられない」と思った日本政府が警察を補完するためにヤクザ組織を動員しようとしたこと(実施はされなかった)を皆さんはご存じだろうか。これはブッシュ政権のグアンタナモやアブグレイブにも通底する挿話であろう。「カネと暴力への考察から国家、資本主義、そして非合法権力がかつてない姿で現れる」(帯の言葉)本書は、現代社会を理解するうえで必読である。著書は1970年生まれ。パリ大学で博士号を取得した気鋭の哲学者である。

土佐弘之著『アナーキカル・ガヴァナンス 批判的国際関係論の新展開』(御茶の水書房、2006年、本体2800円)

 最も注目される国際政治学者のひとりである著者(神戸大学教授)の2004年と2005年の論文を編纂したものである。暴力のグローバル化と倫理のグローバル化を鋭く考察する。今回紹介した西尾、藤永、萱野の著書が実に読みやすいのに対して、本書は確かに学術書として普通に難解(?)かも知れないが、ブッシュ政権の戦争と現在の国際社会の構造を理解するために、是非とも読んでほしい本である。朝日新聞(200611月5日)にも本書の書評が出ている。

林信吾著『反戦軍事学』(朝日新聞社・朝日新書、2006年、本体720円)

 自民党の新憲法草案が現実化して防衛軍ができ、徴兵制ではないが米国のように貧困層が志願に追い込まれる状況になったらどうなるか、のシミュレーションが秀逸である。米軍と一体化して反米政権転覆のために派兵されることになり、逃亡すれば軍法会議で死刑もありうる。石破茂、兵頭二十八(日本核武装論)、小林よしのり、上坂冬子の議論の間違いの指摘も参考になる。戦争に反対する人は自称専門家に騙されないように軍事についての基礎知識が必要という趣旨の啓蒙書である。

宮田律著『軍産複合体のアメリカ 戦争をやめられない理由』(青灯社、2006年、本体1800

 著者は国際政治学者で、中東イスラム世界についての著書が多数ある。本書はアメリカの軍産複合体の実相、全体像を多角的に解説する啓蒙書である。さすがにすぐれた中東研究者だけあり、イスラエルの核兵器問題についての解説もわかりやすい。章立てを紹介する。アメリカの軍産複合体とは何か/対テロ戦争の背後にあるもの/湾岸戦争と軍産複合体/キリスト教右派とユダヤ・ロビー/JINSA[国家安全保障問題ユダヤ研究所]とイラン/アメリカの軍産複合体と中東。

内橋克人著『悪夢のサイクル ネオリベラリズム循環』(文藝春秋、2006年、本体1429円)

 著名な経済評論家が、小泉・安倍政権の新自由主義政策がもたらす格差社会の構造をラテンアメリカ軍事政権の事例などと対比しながらわかりやすく解説する必読書。表題の「悪夢のサイクル」とは、新自由主義が作り出すバブルの発生と崩壊の異様な経済循環のことである。わかりやすい図表も多く収録。章立てを紹介する。未来は見通せていた/なぜ、私たちはルール変更を受け入れたのか/市場原理主義の起源/悪夢のサイクル/日本のシカゴ・ボーイズ/バブル再考/戦争との親和性/人間が市場を

キャディ・コイタ著 松本百合子訳『切除されて』(ヴィレッジ・ブックス発行、ソニー・マガジンズ発売、2007年、本体1400円)  

 この本に対する私の書評が『図書新聞』の7月7日号に掲載されたので、ここでは最小限の紹介をするとともに、スペースの関係で『図書新聞』には書けなかったことを少し付け加えたい。女子割礼(FC)あるいは女性性器切除(FGM)と言われるこの慣習はアフリカなどの約30カ国でいまも毎年200万人の少女に対して行われ、女性の心身を傷つける「悪習」である。イスラムと関係あるという誤解が根強いが、イスラムよりはるかに古い慣習で、エジプトでは行うが、リビアやアルジェリアでは行わない。キャディの祖国セネガルでは、ソニンケ人は行うが、ウォロフ人は行わない。本書は、切除され、自分の娘のうち3人も切除され、さらに次女を交通事故死で失う悲劇に見舞われた女性が、FC/FGM廃絶など女性の人権問題活動家として立ち上がるまでの半生を描いた好著であり、是非とも多くの人に読んでほしい。さて、出血には、じわじわと出ることが多い静脈性出血と、しばしば噴出する動脈性出血がある。大量出血のリスクが大きいのはもちろん動脈性出血である。『切除されて』25頁の「ほとばしるように噴きだした血が(施術する)女性の顔にかかっていた」という記述は、動脈性出血を示唆しているように思われる。男性の陰茎(ペニス)と女性の陰核(クリトリス)は、解剖学的に相同である。陰茎に入る内陰部動脈は、亀頭に向かう陰茎背動脈と、海綿体(充血すると勃起する)に向かう陰茎深動脈に分かれる。女性の陰核でもやはり、内陰部動脈は、亀頭に向かう陰核背動脈と、海綿体に向かう陰核深動脈に分かれる(伊藤隆『解剖学講義』南山堂、1983年、参照)。FCにおいて、出血多量による死亡事故は比較的稀だと言われている。しかし、現代医学の訓練を受けていない伝統的施術者が動脈切断を伴う陰核切除の施術を行う場合においては、やはり大量出血のリスクは相当大きいと見たほうがいいのではないだろうか。もちろん長年の伝統であるから薬草などで止血を行う。しかし、私は伝統医療を蔑視するつもりはないが、止血術においてはやはり現代医療の方がすぐれているのではないだろうか。ただし、FCの擁護論者のなかには、「医師が清潔・安全な条件で施術すれば良いのだ」「穏やかなタイプのFCなら良いのだ」などの詭弁があるので、注意を要するところであろう。

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』43号(200710月)9〜10

吉田健正著『「軍事植民地」沖縄 日本本土との<温度差>の正体』(高文研、2007年、本体1900円)

植民地の類型のひとつに、軍事的・戦略的目的に力点がある「軍事植民地」(ミリタリー・コロニー)というのがあるという。植民地研究で知られる矢内原忠雄東大教授は1957年に「沖縄は米国の軍事植民地である」と指摘した。国土面積の1%に満たない沖縄に、在日米軍基地の75%が集中する。2004年の沖縄国際大学構内への米軍ヘリ墜落事故は、基地の外も米国の「植民地」であることを改めて示した。吉田氏は、沖縄出身、米国の大学を卒業し、沖縄タイムス記者、在日カナダ大使館広報官、桜美林大学教授などを歴任し、昨年帰郷した。本書は、沖縄が米国と日本の共同の軍事植民地であると指摘する。言い換えると、沖縄基地問題の本質は、「アメリカ問題」および「日本問題」(米国人と日本人、特にその支配層の身勝手さがもたらす諸問題)だということだ。この本の70頁にわかりやすい表がある。米軍駐留国政府による米軍基地への支援額(いわゆる「思いやり予算」)の国際比較である。日本の44億ドル、英国の2億4000万ドルに対して、オーストラリア、カナダ、フランスはゼロである。本書は、基地問題を考える際の、また日本とは何か、日本人とは何かを考える際の、必読書のひとつである。是非とも多くの人に熟読してもらいたい。

チャールズ・パターソン著、戸田清訳『永遠の絶滅収容所 動物虐待とホロコースト』(緑風出版、2007年、本体3000円)

著者は米国の歴史家。もともとナチズムや反ユダヤ主義を研究対象としてきたが、比較的最近になって、動物問題に関心を持ち始めた。ナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)と先進国の工業的屠畜には、生命の工業的(効率的)な殺害という共通点があると主張する刺激的な本である。本書が、ヒトラーがベジタリアンであるという長年の神話に、明確な証拠をもって反駁した意義も大きい。ヒトラーが「肉を食わない、酒を飲まない、煙草を吸わない、女に関心がない」というのは宣伝大臣ゲッペルスがつくった神話であり、このなかの煙草以外の3つは嘘であった。

デヴィッド・レイ・グリフィン著、きくちゆみ・戸田清訳『9・11事件は謀略か 「21世紀の真珠湾攻撃」とブッシュ政権』(緑風出版、2007年、本体2800円)

 これまで火災で崩壊した高層ビルはない。ツインタワーがわずか10秒で崩壊したのは不自然である。そのためには数百本の鉄柱がほぼ同時に破断しなければならない。あとから激突され、火災も小さかったサウスタワーがなぜ先に崩壊したのか。飛行機が激突しなかった第7ビルがなぜ崩壊したのか。事前に爆薬をしかけた制御解体ではないのか。ペンタゴンにあいた穴は小さいので大型旅客機は入れないはずだ。飛行機は蒸発(政府の最初の説明)あるいは粉々(政府のあとの説明)になったのに遺体はDNAで身元確認できるのか。ペンシルバニアに落ちた4機目は破片が13キロにわたって散らばっているので墜落ではなく米軍による撃墜ではないのか。ハイジャック機に対するスクランブル発進がなぜなかったのか。あるいは政府のあとの説明のようにわざわざ遠方の空軍基地から低速でスクランブルしたのか。飛行学校の劣等生であったハニ・ハンジュールにペンタゴン激突の曲芸飛行はできたのか。世界一厳重に警備されているペンタゴンがなぜ激突されたのか。激突したのは友軍信号を出す米軍飛行機またはミサイルではないのか。なぜ2001年7月にドバイのアメリカン病院にオサマ・ビン・ラディンが入院しているときCIA担当官が見舞ったのか。2001年9月現在もFBIのウェブサイトによるとオサマは1998年テロ(ケニアとタンザニアの米国大使館爆破)の容疑者であって、2001年の9・11事件への言及はない。9・11事件は外部テロがあったと想定するにしても、ブッシュ政権はテロを黙認、支援し、嘘の説明をした「共犯者」ではないのか。アフガニスタン戦争とイラク戦争の、愛国者法の口実となった911事件をめぐるブッシュ政権の疑惑を包括的に追及し、全米を震撼させた本の邦訳。著者はキリスト教神学者。

木村朗編『9・11事件の省察 偽りの反テロ戦争とつくられる戦争構造』(凱風社、2007年、本体2700円)

執筆者は、板垣雄三、きくちゆみ、木村朗、戸田清、成澤宗男、延原時行、本山美彦(50音順)。9・11事件の疑問点を考察する論文集。第1章 9・11事件の世界史的意味と軍産複合体の影(木村)、第2章 なぜ9・11事件の真相究明を求めるのか(きくち)、第3章 「9・11」の考察 世界貿易センター第七ビルを中心に(成澤)、第4章 9・11事件と平和学(戸田)、第5章 グリフィンの「9・11」をめぐる考察方法(延原)、第6章 「反テロ戦争」論の視座(板垣)、つくられる戦争構造に抗して(本山)。グリフィンの『9・11事件は謀略か』とあわせて読むと理解がいっそう深まるだろう。

以上3冊は私の著書、訳書の紹介である。

山口彊著『生かされている命 広島・長崎「二重被爆者」90歳からの証言』(講談社、2007年、本体1500円)

 著者は1916年生まれ。三菱重工長崎造船所の製図工であったが、広島の工場への出張を命じられ、そこで被爆。長崎に帰郷してまた被爆。「追いかけてきたきのこ雲」である。このような二重被爆者は165人ほどおられるという。著者ら7人は2006年のドキュメンタリー映画『二重被爆』に出演した。長年短歌を発表している著者が90歳で書いた必読の自伝である。

ジョージ・ウェラー著、アンソニー・ウェラー編、小西紀嗣訳『ナガサキ昭和20年夏 GHQが封印した幻の潜入ルポ』(毎日新聞社、2007年、本体2800円)

 被爆から1ヶ月もたたない長崎を取材した米国人記者の原稿がプレスコードで封印され、60年を経て活字になった。60年ぶりの記事発見は毎日新聞2005年6月17日付にスクープされている。「男も女も子どもも、外見的に傷も無く、原子爆弾の被害を免れたと思いながら3、4週間歩きまわった人たちが、今も病院で毎日死亡しつつある。当地の医師たちは最新の薬品を保有しているが、日本降伏後最初に長崎に入った連合国側報道記者である本記者に、この病気の解決策は自分たちの手に負えないと正直に語っている。患者たちの皮膚は健全なのに、目の前で次々と死んでいく。」ウェラー記者は原爆症を「X病」と呼んだ。また日本にいる連合軍捕虜にも詳しく取材している。大牟田の収容所では多くの捕虜が原爆のキノコ雲を目撃した。日本による連合軍捕虜の死亡率は、ドイツによる捕虜の場合の7倍であった。捕虜虐待の結果である。フィリピンから日本に捕虜を輸送する「地獄の航海」も詳述される。友軍(米軍)の攻撃で多くの捕虜が死亡した。日本軍は捕虜にわずかの水しか与えなかった。英国、オーストラリア、オランダの捕虜も日本軍のもとで苛酷な状況におかれたが、捕虜同士で殺し合ったのは米国人だけであったという。

宮島英紀著『まだ、タバコですか?』(講談社現代新書、2007年、本体740円)

 タバコ問題の入門書は、伊佐山芳郎『現代たばこ戦争』(岩波新書)をはじめ数多いが、本書は最新データをまとめ、記述も実にわかりやすい。また喫煙者も被害者であることを力説している。岩松繁俊教授は侵略戦争の下級兵士について「被害者となることによって加害者になる」と表現したが、喫煙者にもそれはあてはまるだろう。本当の加害者は、タバコ会社と財務省(米国でいえば、タバコ会社と通商代表部)であろう。リトビネンコ暗殺事件で話題になった放射能ポロニウム210がタバコに含まれることについても、もちろんふれている。禁煙場所での喫煙を注意されて逆ギレする事例が最近増えているが、その理由のひとつはタバコによるノルアドレナリン分泌促進ではないかという指摘には私も同感である。

渡辺治著『安倍政権論 新自由主義から新保守主義へ』(旬報社、2007年、本体1500円)

 教育基本法を改悪し、国民投票法の成立を強行して明文改憲をすすめるとともに、有識者懇談会と称して集団自衛権についての解釈改憲を並行してすすめる安倍政権の性格を政治学者が鋭く分析する。不祥事多発で案外短命に終わったが、多くの禍根を残した内閣であった。

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』44号(2008年1月)1011

童子丸開著『「WTC(世界貿易センター)ビル崩壊」の徹底究明 破綻した米国政府の「9・11」公式説』(社会評論社、2007年、本体4200円)

童子丸というのが本名なのか筆名なのかはわからないが、福岡出身、バルセロナ在住の日本人ジャーナリストである。理学部か工学部の出身らしい。木村愛二氏が主催するサイト「阿修羅」によく書いている人のようで、最近「阿修羅」に掲載された本書の書評も参考になるのでアドレスを紹介しておく。

http://www.asyura2.com/07/war97/msg/798.html

9.11事件(いわゆる同時多発テロ)についての公式説明の疑問点は無数にあるが、本書は43号の本欄で紹介した私たちの『9・11事件は謀略か 「21世紀の真珠湾攻撃」とブッシュ政権』デヴィッド・レイ・グリフィン きくちゆみ,戸田清訳(緑風出版)および『9・11事件の省察 偽りの反テロ戦争とつくられる戦争構造』木村朗編(凱風社)と同じく9月11日に出版された。9・11事件の謎については、この3冊が必読文献だと思う。童子丸氏は物理・化学的論点に徹底的にこだわって公式説明の疑問点を究明しており、私にも大変納得のいく説明であった。グリフィンの本や木村編の本を補完する内容になっていると思う。やや高価であるが、カラー図表を多用しているからやむをえないのだろう。ツインタワーから100m離れた第7ビルが飛行機の激突がないのに崩壊したこと(ツインタワーと違って、このビルの崩壊の事実自体があまり認識されていない)は「9・11事件最大の謎のひとつ」とも言われるが、たとえば本書で詳細に考察されている、ツインタワーから剥がれた重さ1トン以上の鉄柱が150mも離れたビルに突き刺さったことも大きな謎だ。爆薬の設置を仮定しないと説明困難であろう。

明石昇二郎著『原発崩壊』(金曜日、2007年、本体1500円)

『週刊金曜日』の発行元である株式会社金曜日が出版した単行本。中越沖地震による柏崎刈羽原発の被災で何が明らかになったのか、予想される東海大地震が浜岡原発にもたらすと予想される「原発震災」(大型地震が原発を直撃したときの複合災害)をシミュレーションしてみると何がわかるのか(首都圏の壊滅状況など)、原発の安全審査を失敗させた「専門家」とは一体どういう人物だったのか、などをわかりやすく解説している好著である。

坂昇二・前田栄作著、小出裕章監修『完全シミュレーション 日本を滅ぼす原発大災害』(風媒社、2007年、本体1400円)

 本書の書評は『週刊金曜日』20071214日号に書いたので、ここでは詳細は繰り返さないが、明石氏の本の類書であるものの、両者をあわせて読むと、世界の原発の4分の1が地震大国に集中していることの恐ろしさが、一層よく理解できるだろう。明石氏の本も本書も京大グループのシミュレーションをベースにしているが、明石氏は浜岡原発に力点をおいており、本書では全国各地の原発と六ヶ所村再処理工場の事故のシミュレーションが示されている。2008年本格操業予定の再処理工場ではコスト削減のためにクリプトン85とトリチウムを回収せず垂れ流すことになったが、その背景に英国からの圧力があった、などのエピソードも興味深い。

槌田敦・藤田祐幸・山崎久隆・井上澄夫・中嶌哲演著『隠して核武装する日本』(影書房、2007年、本体1500円)

 1995年のナトリウム漏れ事故で運転を停止し、普通の原発と比べてもあまりにも危険なために高裁が原発裁判史上初の原告勝訴判決を出さざるをえなかった(最高裁ではもちろん国の見解丸呑みの逆転判決になった)高速増殖炉もんじゅが、2008年に運転再開予定であるが、これが核兵器級プルトニウムの大量生産装置(毎年62kg)でもあることが、世間では一体どれだけきちんと理解されているのだろうか。もちろん13年間の運転停止期間に生じた思わぬ機材の劣化も心配ではあるが。もんじゅのブランケット燃料(炉心周囲の劣化ウラン)を再処理して兵器級プルトニウムを抽出するリサイクル機器試験施設(RETF)も操業見込みである。高速増殖炉は原子炉級プルトニウムを炉心に装荷して核燃料として消費し、運転に伴ってブランケットには兵器級プルトニウムを生産する装置なのであるが、藤田氏は「マネー・ロンダリング」をもじって「プルトニウム・ロンダリング」と呼んでいる。本書には付録として首相あての「もんじゅ運転再開を止める請願署名」がついている。

 本書は、物理学の槌田・藤田両氏をはじめとする著者らが、岸信介、佐藤栄作、中曽根康弘、中西輝政(京大教授)などに代表される日本の保守支配層、右翼知識人などに連綿と続く日本核武装論について、その科学技術的な意味、政治的な意味を体系的に解明した、被爆地にとどまらず日本国民必読の本である。しかもこのテーマを本格的に体系的に解明した本は本書が初めてであり、類書がないだけに貴重である。被爆地は核兵器には敏感であるが、核の民事利用(原発)の問題点については、大半の日本人の意識と変わらない。世界の原発保有国31カ国の中でウラン濃縮と再処理も行うのは核兵器保有国と日本だけであり、日本が「プルトニウム・ロンダリング」まで国策としていることに危機感を持つべきではないだろうか。また、核兵器と原発の共通の出発点であるウラン鉱山の被曝労働(人形峠ウラン鉱山でも肺ガンが多発したことはまず間違いない)や大量の核廃棄物(100kw原発を1年間運転するためにウラン鉱山では200万トン以上のウラン残土、鉱滓が生じる)は、問題ではないのか。さらに日本最初の原発である東海1号(1966年運転開始、1998年運転終了、現在解体作業中)が兵器級プルトニウムの生産装置であり、使用済み核燃料が英国で再処理されて英米の核兵器生産に貢献した。

 岸信介内閣は1957年に「自衛のための核兵器保有は合憲」という見解を採用し、これは村山内閣を経て現在も堅持されている。また岸は1958年に「平和利用にせよその技術が進歩するにつれて、兵器としての可能性は自動的に高まってくる」と指摘した。弟の佐藤栄作首相は1965年にラスク国務長官との会談で「中国共産党政権が核兵器を持つなら、日本も持つべきだと考えている」と述べた。佐藤内閣のもとで秘密裏に行われた核武装研究についても藤田論文は詳しく紹介している。1969年の秘密文書にある「当面核兵器は保有しない政策はとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持するとともに、これに対する掣肘を受けないように配慮する」という文章も有名だ(123頁)。後にノーベル平和賞選考委員会は、ベトナム戦争を長引かせたキッシンジャー(1973年)、核武装論者佐藤栄作(1974年)と連続人選ミスをした。安倍晋三前首相も核武装論者であった。福田康夫首相(官房長官在職の2002年に核武装容認発言)の父である福田赳夫も1978年の首相在任当時、参議院予算委員会で「国の武装力を核兵器で装備するという決定を採択することができる」と述べた。

 本書の9頁には、「核武装の検討を容認する国会議員リスト」があり、長崎選出では自民党の谷川弥一が入っている。ちなみに、ウィキペディアの「核武装論」という項目(作成作業中)には、「主な核武装論者」として、次の名前があげられている。伊藤貫(国際政治・米国金融アナリスト)、中川八洋(筑波大学教授)、副島隆彦(常葉学園大学 教育学部特任教授)、中西輝政(京都大学大学院教授)、志方俊之(帝京大学教授、元陸将、元陸上自衛隊北部方面総監)、福田和也(慶應義塾大学教授文芸評論家)、平松茂雄(前杏林大学社会科学部教授)、西部邁(秀明大学学頭)、兵頭二十八(軍学者)、小林よしのり(漫画家)、橋下徹(弁護士)、勝谷誠彦(コラムニスト)、石原慎太郎(東京都知事)、小池百合子(衆議院議員・自民党、元防衛大臣)、高市早苗(衆議院議員・自民党)、丸川珠代(参議院議員・自民党、元テレビ朝日アナウンサー)、西村眞悟(衆議院議員・無所属)。

二宮厚美著『格差社会の克服 さらば新自由主義』(山吹書店、2007年、本体2400円)

格差社会化がつきつけるものは不自由(貧困)と不平等(格差)であることを明快に示し、打開の方向を提示する好著。また、巷の格差社会論議の問題点を指摘している。湯浅誠『貧困襲来』(山吹書店)、平舘英明『死活ライン』(金曜日)、『世界』2008年1月号(岩波書店)の「特集・貧困とたたかう」(内橋克人、後藤道夫ほか)との併読を是非勧めたい。

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』45号(2008年4月)1011

堤未果著『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書、2008年、本体700円)

 貧困が「不健康な肥満」をうみ(昔は金持ちの太鼓腹のイメージがあったが、現代アメリカで肥満が貧困の象徴であるのは、栄養が乏しくカロリーの高いジャンクフードの氾濫のため)、新自由主義政策(規制緩和、民営化、金持ち減税)で貧困と医療格差がすすみ、貧困層の「就職先」として軍隊が用意される米国社会の病理を、米国経験の長い若手女性ジャーナリストが生き生きと描きだしている。ハリケーン・カトリーナの被災者はこう言う。「いまだに電気もろくに復旧していないルイジアナより三食付きのイラクの方がましだ。2006年に政府が被災者への生活保障を削減してから、派遣社員としてイラクに来る被災者が急増している。」格差と貧困で米国の後追いをしつつ、日米軍事同盟をすすめる日本を考えるうえでも必読。

纐纈厚著『憲兵政治 監視と恫喝の時代』(新日本出版社、2008年、本体1900円)

 昨年、陸上自衛隊情報保全隊による市民運動などの監視、情報収集が「憲兵政治の復活」として問題になった。私服自衛官が大学構内に入って反戦ビラを収集したり、イラク反戦を敵視するなど、多くの国民が驚かされた。私服で市民や市民運動を監視するのは、公安警察や公安調査庁だけではない。戦前にしても、私服で市民を監視したのは特高警察だけではなく、憲兵もまたしばしば私服だったのである(私も本書を読むまでは、憲兵というと制服のイメージしかなかった)。本書は、甘粕事件(大杉栄らの虐殺)や植民地支配に代表される戦前の憲兵政治の内実を振り返りつつ、平和憲法がありながら臨戦体制にすすむ日本の現状について警告する。

高橋博子著『封印されたヒロシマ・ナガサキ 米核実験と民間防衛計画』(凱風社、2008年、本体3000円)

 広島・長崎や核実験、アトミックソルジャー(爆心地から3.2キロでキノコ雲を「見学」させられ、「入市被爆」を強要された核実験従軍兵士)の実相など、都合の悪い事実を機密として封印しつつすすめられた米国の核戦略の実態を、機密解除公文書を参照しつつ描き出す。核被害軽視を前提とする1950年代米国の民間防衛計画が図解入りで紹介されているが、広島・長崎の教訓を軽視する現代日本の「国民保護計画」を想起させる内容である。著者の学位論文をベースにした力作。これはたぶん『長崎平和研究』の書評欄でとりあげられると思うので、ここでの紹介は簡潔にしておこう。

山極寿一著『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』(NHKブックス、2007年、本体970円)

 著者は野生ゴリラのフィールドワークと人類の起源の研究で知られる霊長類学者。暴力的なヒトとチンパンジー。成人男性のケンカを女性や子供が仲裁するゴリラ。暴力がほとんどないボノボ(旧称ピグミーチンパンジー)。「私たち人間が世界を認知する能力も、仲間との間に起こす葛藤も、戦う能力も、すべて霊長類として進化した時代に身につけたものである。人間の争いの原因も、争いや和解の方法も、彼らから受け継いだ特徴の中にみつけることができるはずだ。」サルや霊長類との比較において暴力と和解の数百万年にわたる歴史を考えることは、現代人の暴力の固有の特徴(類人猿の暴力との共通点と相違点)と解決の方向をさぐるうえでもヒントになるはずである。

ニコラス・ウェイド著、安田喜憲監修、沼尻由起子訳『5万年前 このとき人類の壮大な旅が始まった』(イースト・プレス、2007年、本体1700円)

 「我々とは何者かを明らかにする全人類必読の書だ」という安田氏の推薦の言葉は大げさではない。500万年前(あるいは700万年前)にアフリカでチンパンジーとの共通祖先から分岐した人類は、長い猿人の時代をアフリカで過ごしたあと、150万年ほど前にアフリカを出てアジア、ヨーロッパに広がった。北京原人、ネアンデルタール人などである。しかしもちろん北京原人は中国人の祖先ではないし、ネアンデルタール人もヨーロッパ人の祖先ではない。現代人の祖先は15万年ほど前にアフリカで誕生したが、5万年ほど前(その頃には現代的な言語能力を備えていたようだ)に150人ほどの集団でアフリカを出発し、アジア、ヨーロッパ、オセアニア、新大陸に広がった(150人ほどではないかというのは、ヒトゲノムなどの知見をふまえた最近の研究成果)。ヨーロッパで現代人がネアンデルタール人と遭遇したとき、おそらく現代人(アフリカ出身)の皮膚は黒く、ネアンデルタール人(寒冷地適応)の皮膚は白かった。現代人とネアンデルタール人は1万5000年も共存したが、ネアンデルタール人は次第に生活範囲を狭められ、最後にはスペインあたりで絶滅したとみられる。「ネアンデルタール人たちとの死闘」「惨酷と利他 人間性の不思議」などの章題は、想像力をかきたてる。暴力と平和・協力の起源を人類の進化の観点から考えておくことは、現代の暴力と平和の問題を考えるうえでも不可欠であり、先に紹介した山際の著書とともに一読をすすめたい。

前田朗著『民衆法廷入門 平和を求める民衆の法創造』(耕文社、2007年、本体1800円)

東京裁判(極東国際軍事裁判)が裁き残した大量破壊兵器。核兵器は戦勝国の犯罪ゆえに裁かれなかった。生物兵器は石井四郎軍医中将(関東軍731部隊)が米国政府との司法取引に成功し、米国政府もデータ取得を国益とみて裁かなかった。日本軍の化学兵器は訴状に記載されていたが、米軍上層部の横やり(化学兵器を将来の選択肢として温存したい)が入って裁かないことになった。もちろん核・生物・化学兵器だけが大量破壊兵器ではない。通常兵器は東京大空襲で一晩に10万、ドレスデン大空襲で数万を殺した。核兵器が裁かれないのに劣化ウラン兵器が裁かれるはずがない。大国の戦争犯罪を国際法に照らして裁く民衆法廷はますます重要である。民衆法廷に拘束力はもちろんないが、国連の法廷も同じだ(1986年に国際司法裁判所でニカラグアに敗訴したレーガン政権は判決を黙殺)。民衆法廷の歴史を体系的に記述した本は海外にもたぶんないらしい。本書を読むと、ベトナム戦争を裁いたラッセル法、湾岸戦争を裁いたクラーク法廷、日本でほとんど知られていない女性世界法廷とコリア戦犯民衆法廷、NHK番組は改竄されたが国連の支持を受けた女性国際戦犯法廷、ブッシュ政権の対テロ戦争を裁くアフガニスタン国際戦犯民衆法廷とイラク国際戦犯民衆法廷、原爆投下国際民衆法廷など、民衆法廷のほぼ全体像を知ることができる。お得な本である。

矢吹紀人著『病気になったら死ねというのか 医療難民の時代』(大月書店、2007年、本体1500円)

 日本は欧米に比べて人口あたり医師数がだいぶ少ない。短期保険証、資格証明書(いったん全額を払う)で綻びをみせる国民健康保険。小泉政権がもたらした医療の荒廃を描く。第1章 「国保」が暮らしを破壊する、第2章 医療の「最底辺」を生きる人びと、第3章 医師不足が地域を崩壊させる、第4章 「療養病床」を奪われた患者は、第5章 「リハビリ打ち切り」は死の宣告。『世界』2008年2月号(岩波書店)の医療崩壊特集(特に日野秀逸論文)、『現代思想』2008年2月号(青土社)の医療崩壊特集(薬害肝炎救済の問題点と今後の課題についての論考なども参考になる)も参照されたい。

宇都宮健児・猪俣正・湯浅誠編『もうガマンできない! 広がる貧困』(明石書店、2007年、本体1300円)

 反貧困ネットワーク準備会の編集で、日本の格差と貧困問題の全体像、これをもたらす新自由主義政策とどう戦うかを論じたわかりやすい本。第1部 生活 その危機と再生(シングルマザー、多重債務被害者、障害者、高齢者)、第2部 労働 その危機と再生(労働の貧困化、新たな労働運動、セーフティネット)、第3部 人間 その危機と再生(「生きること」の困難さ、外国人女性、メディアと貧困、人間の再生)反貧困ネットワークのサイトは、 http://www.k5.dion.ne.jp/~hinky/ である。

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』46号(2008年7月)8-9頁

 

『週刊金曜日』編『人はなぜ戦争をしたがるのか 脱・解釈改憲』(株式会社金曜日、2007年、本体1200円)

 

前半は『週刊金曜日』掲載のインタビューと座談会の再録、後半は金曜日主催の京都市民集会の記録である。著者(出演者)は、豊下楢彦、木村朗、古関彰一、西谷修、進藤榮一、我部政明、前田哲男、山口二郎、山室信一、佐高信、井原勝介、上原公子、伊藤真、小森陽一、知花昌一、野田正彰、今井一、桐田勝子。最近の若い人は「北朝鮮の脅威」を信じていることが多い。同じ土俵でどうやって説得するか。北朝鮮は日本への海産物輸出で収益をあげており、その利権は軍が握っている。日本海には原発が並んでいる(島根原発、福井の原発銀座、新潟の原発銀座)。日本に向けてミサイルを撃ったら「間違って」原発にあたるかもしれない。北朝鮮経済からみると自殺行為だ。毛沢東時代(日中国交回復前)の「中国の脅威」に比べると、石油不足で軍隊の訓練もできない北朝鮮の「脅威」は取るに足りない。北朝鮮から難民があふれたら韓国と日本が困る。ミサイルを撃ったら米国の空爆で金正日政権は崩壊する。要するに「北朝鮮の脅威」は空想に過ぎない。他方、地球社会にとって最大の脅威は米軍である。日米同盟で臨戦態勢に向かう日本政府の解釈改憲に反論するためのヒントがたくさんつまっている小冊子である。

 

飯島伸子・渡辺伸一・藤川賢著『公害被害放置の社会学 イタイイタイ病・カドミウム問題の歴史と現在』(東信堂、2007年、本体3600円)

 

  4大公害(水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息)のひとつとして学校で必ず習うイタイイタイ病であるが、「富山」の病気として覚えなければならないことになっている。長崎県対馬のカドミウム被害は腎障害があり、骨軟化症(軽度)もあったのに、イタイイタイ病はないことにされてしまった。兵庫県のカドミウム被害もイタイイタイ病ではないことにされた。本書の172頁から引用しよう。「そういう保管の仕方をするのはなぜか。それは、喜田村氏も、この骨の標本を骨軟化症だと認めているからに他ならないだろう。これらは、喜田村氏の科学者としてあるまじき行為を告発すると同時に、喜田村氏が委員長を務めた兵庫県診査委員会の生野イ病否定の判断が、いかに不当なものであったかを示すものである。」医学には素人である社会学の准教授が、高名な医学部教授をここまで厳しく批判する。しかし喜田村教授は名誉毀損で訴えることができない。批判に反論できないからである。喜田村氏は水俣病公式発見当時の熊本大学医学部教授で、水俣病研究班の一員でもあった。後に神戸大学医学部に転出。これは喜田村氏への「個人攻撃」ではない。公害事件における御用学者の「活躍」は、津田敏秀『医学者は公害事件で何をしてきたのか』(岩波書店、2004年)、原田正純『裁かれるのは誰か』(世織書房、1995年)などに詳述されている。本書は、日本の環境社会学の開拓者のひとりである飯島氏(故人)とその門下の若手による労作である。書名にあるように、公害被害者が放置される仕組みを社会学的に解明している。なお、長崎大学の学長齋藤寛氏も対馬などのカドミウム被害を調査した経験があり、谷村賢治・齋藤寛編『環境知を育む 長崎発の環境教育』(税務経理協会、2006)の所収論文で国の研究班を批判している。

 

相川泰著『中国汚染 「公害大陸」の環境報告』(ソフトバンク新書、2008年、本体730円)

 

  相川氏は鳥取環境大学准教授。1969年生まれの若手であるが、中国語に堪能で、豊富なフィールドワーク経験を持つ、中国環境問題研究の第一人者である。1980年代に浮かび上がった松花江水俣病のことは日本では水俣病関係者以外はほとんど知らないし、中国でもほぼ忘れられているが、本書ではその背景と現状、何がわかっていないかについても詳述されている。今世紀には松花江でベンゼン汚染事件が発生した。松花江は黒竜江と合流してロシアのアムール川となる(国際河川)。化学汚染によるとみられる癌が多発する「がん村」がいくつもあることは、日本でも報道された。黄砂や酸性雨は日本への越境汚染にもなる。日本企業も中国への公害輸出で問題になったことがある。公害大陸となった中国に日本の公害経験を伝える市民活動には本書の著者も参加している。中国の環境問題と、私たち市民に何ができるかを述べた必読の本である。

 

木戸衛一、長野八久編『平和の探求 暴力のない世界をめざして』(解放出版社、2008年、本体2000円)

 

  本書は大阪大学の教養科目「平和の探求」を本にしたものである。長野氏は私の兵庫県立芦屋高校での同級生。章立てを紹介しておこう。第1部 序論(「平和」とは何か)、第2部 戦争の諸相(平和維持とグローバル化、戦争の原因としての経済問題、戦中・戦後の大阪帝国大学、第一次世界大戦と平和)、第3部 民族と国家の相克(パレスチナ人の苦難から考える正義、多民族社会の平和、人はなぜ「歴史」をめぐって争うのか?、日本社会の北朝鮮認識を検証する)、第3部 現代社会の不安(子どもと生活の平和、医学・医療と平和、地球規模で平和を脅かす環境破壊、現代日本社会と立憲主義、「勝ち組・負け組」を越えて)、第5部 平和への道(平和の実現 人間の進化から見た根拠、多文化社会における他者受容の問題、芸術と紛争転換、「絶対的生命観」と平和の構築、最強の安全保障とは何か、オルターグローバリゼーションの思想) 平和学の個性的なすぐれた入門書として、ぜひ一読をすすめたい。

 

吉田太郎著『世界がキューバ医療を手本にするわけ』(築地書館、2007年、本体2000円)

 

キューバの有機農業と医療が世界の熱い視線を浴びている。医療の高い水準とアクセスのしやすさは、マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』(2007年)でも紹介された。9・11事件の瓦礫除去ボランティアが健康悪化を抱えながらブッシュ政権に放置され、キューバで手厚い医療を受けて感激する場面があった。有機農業については吉田氏の前著に詳しいが、本書は医療先進国キューバ(技術でも制度でも教育でも)を紹介する好著である。パキスタン大地震被災者へのキューバ医療隊の支援を見た元大臣は「パキスタン人は、初めて医療分野でもキューバの進歩を目にしました。キューバの医師たちは、片言ですがウルドゥー語さえ話し、地元住民と素晴らしい関係を結んだのです。小国でありながら、こと医療と教育にかけては、キューバは超大国なのです。」(147頁)ハリケーン・ミッチの被災者支援をきっかけに設立されたラテンアメリカ医科大学はラテンアメリカ諸国だけでなく「米国の第三世界」(アフリカ系貧困層など)からも留学生を受け入れている。1人あたり所得と乳幼児死亡率はだいたい比例関係なのにキューバだけ保健指標が突出して先進国なみ、乳幼児死亡率は米国より低い。独自に開発した医薬品も外貨を稼ぐ。世界中の発展途上国への医療支援だけでなく、近代医療と代替医療の統合、医療情報革命、省エネ政策などでも注目されている。日本の医療構造改革の問題点を考えるうえでも参考になるだろう。

 

松橋隆司著『宝の海を取り戻せ 諫早湾干拓と有明海の未来』(新日本出版社、2008年、本体1600円)

 

 約20年の歳月と2500億円の巨費をかけて完成し、営農が始まった諫早湾干拓。本書は科学部長だった著者の『しんぶん赤旗』連載記事に加筆したものである。佐藤正典氏(鹿児島大学教授)などへの取材で干潟の生物多様性と浄化機能を解説。地元の漁民に漁業被害の現状を取材。なぜ赤潮が増えたのか。「防災」というが、本名川の上流・中流の治水や沿海部の排水機場の増設が優先されるべきではないのか。複式干拓は大雨のときにむしろ災害を増幅することはないのか。「農地造成」というが、米の減反が進み野菜の作付けが減り、耕作放棄地が増える長崎県で、なぜ大金をかけて広大な不良農地をつくるのか、干拓地を買い取った県農業振興公社が98年もかけて県に借金を返すことに問題はないのか。ゼネコンから地元保守系議員への巨額の政治献金。常時開門はなぜ必要なのか。「公共性のない公共事業」の典型である国営諫早湾干拓の問題点をわかりやすく整理している必読の本である。巻末に、松藤文豪氏(有明海漁民・市民ネットワーク代表)、東幹夫氏(長崎大学名誉教授)、馬奈木昭雄氏(「よみがえれ! 有明海訴訟」弁護団長)へのインタビューを入れてある。

 

「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』47号(200810月)1011

 

現代人文社編集部編『光市事件裁判を考える』(現代人文社、2008年、本体1700円)

 

4月22日に広島高裁で「光市母子殺人事件」の差戻審「死刑判決」が出たことは記憶に新しい。しかしそもそも「光市母子殺人事件」という表現は妥当なのか。実はそれも争点なのである。もちろんかけがえのない2人の生命が失われたことは大きな悲劇なのだが、それは「凶悪犯罪」だったのか、それとも「不幸な偶然の積み重なりの結果」だったのか、が問われているのだ。著者らは「光市事件」という中立的な表現を使う。弁護団(原爆投下を裁く民衆法廷の足立修一弁護士も入っている)への世間やマスコミのバッシングが「集団ヒステリー」とも言うべきすさまじさで行われ、橋下徹弁護士(現大阪府知事)がテレビで懲戒請求を呼びかけると、全国から弁護団の所属弁護士会(東京、広島ほか)に懲戒請求が殺到したという。マスコミは検察発表を鵜呑みにしながら、遺族本村洋氏に「寄り添う」報道を続けた。評論家の宮崎哲弥氏は、週刊誌で鑑定人の野田教授らを罵倒した。

弁護団は「殺人」ではなく「傷害致死」であると主張するが、その論旨には実に説得力がある。「強姦しようとしていた」「両手で弥生さんの首を絞めた」「夕夏ちゃんを床に叩きつけた」などは検察がおしつけた虚偽自白である疑いが強い。法医学鑑定の上野正彦博士(元東京都監察医務院長、著書多数)、精神鑑定の野田正彰教授(著書多数)のような有名人も弁護団に協力し、21人の「弁護団」は総力を傾けて立証に挑んだ。

主任弁護人の安田好弘氏が死刑廃止運動で有名であることは事実であるが、「弁護団が光市事件を死刑廃止運動のために利用した」というのはまったくの嘘(誤報)である。弁護団には死刑存置派の弁護士も参加しているし、光市事件の審理でも死刑制度反対の主張をまったくしていない。弁護団の一致点は「間違った事実認定にもとづいて死刑判決を出してはならない」ということであった。弁護団が主張するのは「部分冤罪」(傷害致死なのに殺人と認定され、意図しない屍姦であったのに強姦の意図を認定された)である。「冤罪」(無実の人に濡れ衣)に比べると「部分冤罪」は一般国民にわかりにくいので、丁寧な説明が必要であろう。被告(当時18歳、現在27歳)は当時「童貞」であり、当日の状況を検討してみても「強姦の意図があった」という認定は不自然である。弁護団の立証は十分に成功している(死刑判決は裁判官の思考放棄によるものであり、誤判であると思う)と私には思えるけれども、説明不足ないし説明のまずさが誤解を与えた面も否定できないのではないかと、本書所収の座談会(浜田寿美男教授ほか)を読んで感じた。

「母胎回帰」などの言葉が一人歩きして、「被告は荒唐無稽な主張をしている」「弁護団が被告にストーリーを押しつけた」などの誤解が生じたのは、弁護団の説明の不十分さにも一因があるのではないだろうか。法廷欠席問題も決して裁判遅延が目的ではなく、あの時点と状況ではとりうる唯一の選択肢だったのだが、バッシングの原因になってしまった。しかし全体として見ると弁護団の主張が正当であるという印象が私には圧倒的である。光市事件の本質について国民の大半が誤解したまま(と私は思う)で来年の裁判員制度開始になだれこむことを、私は強く憂慮せざるをえない。

光市事件について冷静な記事が出たメディアは『週刊金曜日』などごくわずかである。本書は、浜田氏(『自白の心理学』岩波新書2001年、などの著者)らに弁護団もまじえた座談会で「光市事件の論点」を考え、佐木隆三氏、綿井健陽氏らの論考を入れ、編集部が「光市事件裁判と弁護士懲戒問題」について解説し、最後に差戻審弁護団の石塚伸一教授が「Q&A光市事件・裁判」で疑問に答えるという構成になっている。座談会、綿井氏の論考、Q&Aは特に読みごたえがあった。多くの人に読んでほしい。

 

光市事件弁護団編著『光市事件 弁護団は何を立証したのか』(インパクト出版会、2008年、本体1300円)

 

本書は「1部 光市事件の概要」「2部 光市事件弁護団に聞く」「3部 司法の職責放棄が招いた弁護士バッシング」の構成で、弁護団の主張をまとめたものである。先に紹介した『光市事件裁判を考える』とあわせて熟読してほしい。

 

ノーム・チョムスキー著(岡崎玲子訳)『すばらしきアメリカ帝国』(集英社、2008年、本体1600円)

 

英語原題を直訳すると『帝国の野望 9月11日以後の世界についての対話』となろう。デヴィッド・バーサミアンが2003年から2005年にかけてチョムスキーにインタビューした9編を収録。「国際法違反、侵略行為、凶悪犯罪、人権侵害といった、どのような原則によって『ならず者国家』を定義づけたとしても、アメリカは完全に該当します。」「今や、国内においても、アメリカ市民を含む人々を検挙して家族や弁護士への接見なしに無期限に拘束し、大統領が『対テロ戦争』云々と呼ぶ事態の終結を宣言するまで、裁判にかけないまま収容する権利を主張しています。驚愕するしかありません。」79歳の碩学の明快で皮肉とユーモアあふれるアメリカ帝国批判を23歳の訳者が流麗な日本語にした好著である。

 

多田富雄著『わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか』(青土社、2007年、本体1200円)

 

  著者は東大名誉教授、免役学者。能の原作でも知られる。2001年に脳梗塞で倒れた。医学者として、患者として、2006年診療報酬改定の「リハビリ180日打ち切り」を鋭く批判。「医療改革」の問題点を知るために国民の必読文献のひとつであろう。なお本書以降の著者の最近の文章に、2008年6月1028日の朝日新聞連載がある。

 

NO DUヒロシマ・プロジェクト/ICBUW編、嘉指信雄・振津かつみ・森瀧春子責任編集『ウラン兵器なき世界をめざして ICBUWの挑戦』(NO DUヒロシマ・プロジェクト発行、合同出版発売、2008年、本体2381円)

 

 ICBUW(ウラン兵器禁止を求める国際連合)の2006年広島国際会議の記録に、その後の進展(200712月の国連決議採択まで)を加えて、ウラン兵器(劣化ウラン兵器)とその禁止運動についての最新情報をまとめた必読書である。特に印象に残ったのは、ロザリー・バーテル、デニス・カイン、丸屋博らの文章であった。

 

岩澤倫彦・フジテレビ調査報道班著『薬害C型肝炎 女たちの闘い 国が屈服した日』(小学館文庫、2008年、本体514円)

 

 長くこの問題をフォローしてきた取材班による最新のドキュメント。深い感銘を与える。

 

宮澤信雄著『水俣病事件と認定制度』(熊本日日新聞社、2007年、本体762円)

 

2004年の水俣病関西訴訟最高裁判決で水俣病の昭和52年判断条件は間接的に厳しく批判されたが、環境省はいまなお見直しを頑なに拒んでいる。与党の昨年の救済案でも認定基準問題を回避している。本書は、水俣病事件史の第一人者である著書(元NHK記者)が、認定基準の経緯と問題点をわかりやすく解説した好著である。熊本学園大学水俣学研究センター(原田正純センター長)が編集する「水俣学ブックレット」の第4号である。

 

郷地秀夫著『原爆症 罪なき人の灯を継いで』(かもがわ出版、2007年、本体1000円)

 

著者は広島県出身、戦後生まれの医師。神戸の病院で被爆者特診外来を担当、原爆症認定集団訴訟の原告側証人。原爆症、認定基準、原爆症認定集団訴訟について述べた必読書。「あるべき認定制度」についての著者の見解も述べているので、今年3月の認定基準改定と今後に残された課題を考えるうえでも参考になるだろう。

 

芝健介著『ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌』(中公新書、2008年、本体860円)

 

ホロコーストの全体像を最新の研究成果にもとづいて記述した必読書。

 

田中利幸著『空の戦争史』(講談社現代新書、2008年、本体740円)

 

原爆投下を裁く民衆法廷の実行委員会共同代表もつとめた田中教授が、気球による爆弾投下から原爆投下までの歴史を描く。前田哲男『戦略爆撃の思想』と並ぶ空爆研究の必読書である。

 

「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』48号(2009年1月)8-9頁

 

栗原康著『G8サミット体制とはなにか』

 「サミット体制」というのは著者の造語で、先進国サミットを中心に築きあげられた世界秩序のことである。その本質はもちろん米国を盟主とする集合的帝国主義だと私は思う。著者(1979年生まれ、政治学専攻の大学院生)は帝国主義という言葉は使わないが、認識は私とほぼ同じのようだ。世界秩序が1973年を境にケインズ主義的な「ブレトンウッズ体制」から新自由主義的な「サミット体制」に変わったという著者の指摘は卓見だと思う。途上国の債務問題と貧困、日本や欧米の新自由主義政策、新自由主義の5つの柱などが明晰、簡潔に考察される。驚くべき筆力とわかりやすく説明する能力を持つ有望な若手研究者の登場である(私は著者の名前を『週刊金曜日』6月20日号で知って本書を注文した)。洞爺湖サミットの背景を理解するための必読文献といえる。

(以文社、2008年、本体1600円)

 

枝廣淳子著『エネルギー危機からの脱出 最新データと成功事例で探る幸せ最大、エネルギー最小社会への戦略』

石油1バレル140ドル時代に突入し、200ドルもありうると言われている。1973年、1979年に続く第三次石油危機という人も多い。著者は著名な環境ジャーナリスト。政府の審議会の委員もつとめるが、御用評論家ではなく、高い見識をもっている。本書の章立ては「未曾有の石油ショックがやってくる!」「エネルギーの現状と見通し」「エネルギー問題の構造」「問題解決への道すじを描くために」「世界の成功事例」「国や自治体がすべきこと」「企業がすべきこと」「私たち一人ひとりがすべきこと」。地球温暖化問題の背景にあるエネルギー問題を理解するための必読書としてすすめたい。もちろん著者は「原発を増やせ」とは一言も言わない。声高な反原発・脱原発の主張もしないが、それは当然の前提だからである。

(ソフトバンククリエイティブ、2008年、本体1500円)

 

杉田聡著『「日本は先進国」のウソ』

「G8サミット」はもともと「先進国サミット」と呼ばれていた。大統領選挙もまともにできない米国が本当に先進国なのか(ブッシュは2回とも選挙を盗んだと言われている)。本書はクルマ社会批判の論陣で知られる哲学者(帯広畜産大学教授)が、日本の先進国としての資格を厳しく検証する必読書である。洞爺湖サミットを念頭に是非とも読んでおきたい。章立ては「環境後進国としての日本」「過酷な労働と貧しい労働の果実」「名ばかりの『男女平等』」「ゆがむ教育」「貧しい政治の現実」「先進国の条件」。温暖化対策のためには自動車半減(むしろ9割減が望ましい)が必要だと著者は言うが、まったくその通りだ。

(平凡社新書、2008年、本体740円)

 

吉田敏宏著『反空爆の思想』

本書は新刊ではない。読みそびれていた本であるが、最近通読して良書であると思ったので紹介する。章立ては「空爆による死と痛みをめぐって」「空爆の歴史、その傷を通して見つめる」「日本も空爆の加害者だった時代」「航空宇宙戦力と破壊と殺傷」「『やむをえない犠牲』論を解体する」「他者の痛みをどのように考えるか」である。台湾植民地支配に日本が空爆を「活用」したことについても英仏と比較しつつ記述している。前田哲男『戦略爆撃の思想』(凱風社)、田中利幸『空の戦争史』(講談社現代新書)と並ぶ空爆研究の必読書であろう。本書が書かれた当時は、イラク戦争とともに、イスラエルのレバノン空爆(クラスター爆弾使用)も進行中であった。なお吉田氏は2008年8月に長崎で講演した。

(NHKブックス、2006年、本体1160円)

 

ジョセフ・スティグリッツ、リンダ・ビルムズ著(楡井浩一訳)『世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃』

狭義の軍事費ではなく、傷病兵の長期療養コストや米国経済、世界経済への影響などを含めたイラク戦争の費用の推計である。章立ては「ブッシュは3兆ドルをどぶに捨てた」「2つのシナリオで予測するアメリカの暗い未来」「兵士たちの犠牲と医療にかかる真のコスト」「社会にのしかかる戦争のコスト」「原油高によって痛めつけられるアメリカ」「グローバル経済への衝撃」「泥沼からの脱出戦略」「アメリカの過ちから学ぶ」。

(徳間書店、2008年、本体1700円)

 

グリーンピース・ジャパン著『原子力は地球温暖化の抑止にならない』

「地球温暖化対策のために原発増設を」という常軌を逸した日本政府の主張に一部の欧米諸国まで同調しているようだ。それに反論する小冊子で、原子力資料情報室などが協力。非常に説得力がある。章立ては「温暖化対策は時間との競争」「原子力は温暖化抑止に貢献しない」「原子力の拡大はさまざまなリスクを増大させる」。PDFファイル(32頁)で下記から全文ダウンロードできる。

http://www.greenpeace.or.jp/campaign/enerevo/news/files/booklet.pdf

(グリーンピース・ジャパン、2008年、オンライン)

 

グリーンピース・ジャパン著『エネルギー[reボリューション 持続可能な世界エネルギーアウトルック』および『エネルギー[reボリューション 日本の持続可能なエネルギーアウトルック要約版』

グリーンピース・インターナショナルと欧州再生可能エネルギー評議会(EREC)が共同で作成した報告書の日本語版。IPCC(気候変動政府間パネル)のパチャウリ議長が推薦文を寄せている。報告書(PDFファイルで100頁)と日本の持続可能なエネルギーアウトルック要約版(PDFファイル)がいずれもダウンロードできる。報告書は次の申し込み頁に氏名、メールアドレスなどを記入して、送信後ダウンロードページに進む。カラー図表入りで100頁あるので印刷には30分以上かかる。

https://www.greenpeace.or.jp/ssl/enerevo/enerevo_application_html

要約版は下記からダウンロードできる。日本のエネルギーが2050年までに「脱原発」することを想定している。

http://www.greenpeace.or.jp/campaign/enerevo/documents/enerevo_japan_outlook

報告書の説明を次に引用する。「『エネルギー [r]e ボリューション』では、現存する自然エネルギー技術の利用と、さらなる技術革新を考慮し、またエネルギー効率を向上させることにより、2050年までに世界の温室効果ガス(主にCO2)の排出量を半減しつつ、エネルギーの安定供給と世界経済の着実な発展が可能であるとし、原子力発電の段階的廃止と化石燃料消費の大幅削減も実現できることを示しています。CO2を回収して地中や海洋に捨てる、いわゆる炭素回収・貯留も不要。自然エネルギーのみで世界の一次エネルギー需要の半分を満たすことができることを提示しています。『エネルギー[r]eボルーション』はまた、危険な気候変動の回避と、公正で公平なエネルギーシステムの構築をめざすグリーンピース「気候・エネルギー」キャンペーンの指針です。」

(グリーンピース・ジャパン、2008年、オンライン)

 

小宮学著『筑豊じん肺訴訟 国とは何かを問うた18年4か月』

2004年に最高裁で国の責任が認められたのは、筑豊じん肺訴訟と水俣病関西訴訟であった。本書は筑豊じん肺訴訟弁護団事務局長が、この裁判の意義と経過を実にわかりやすくまとめた必読書である。水俣病、カネミ油症、薬害との対比も参考になる。序文は柳田邦男。

(海鳥社、2008年、本体1500円)

 

森達也著『死刑 人は人を殺せる。でも、人は人を救いたいとも思う』

このような良書がベストセラーになるのはいいことだ。死刑制度について多面的に取材した国民の必読書。免田栄氏(死刑確定後再審無罪)が逮捕されたとき(1948年)家族が免田氏の娘(2歳)を戸外に放置して死亡させたことに驚いた。

(朝日出版社、2008年、本体1600円)

 

懸樋哲夫著『デジタル公害 ケータイ・ネットの環境破壊』

携帯電話やデジタル電磁波の健康影響、環境問題、コンゴ内戦との関係、子供の心への影響など多面的な問題点を実にわかりやすく解説。携帯が普及した現代社会の必読書。

(緑風出版、2008年、本体1700円)

 

●「戸田清の新刊紹介」『長崎平和研究所通信』49号(2009年4月)8-9頁

 

ヘレン・カルディコット著(岡野内正・ミグリアーチ慶子訳)『狂気の核武装大国アメリカ』

「アメリカは、予算支出の割合からみれば、1ドルあたりたった6セントを子どもの教育に、4セントを保健医療費に、そして50セントを軍産複合体に使うという国だ。」(234頁)章立ては、「せっかくのチャンスが……」「核戦争になると?」「狂った世界 死の便利商品で遊ぶ核科学者と国防総省」「死の商人たち」「第二次マンハッタン計画」「スター・ウォーズ 国家ミサイル防衛システム」「宇宙 アメリカ帝国の新領土」「湾岸とコソボの核戦争」「ロッキード・マーチン大統領とスター・ウォーズ政権」。日本語版への序文では日本の潜在的核武装が懸念される理由と被爆国の役割を述べる。著者は70歳、オーストラリアの医師で反核活動家。やはりカナダ人やオーストラリア人の米国観察は鋭い(著者は米国滞在歴も長い)。私はこの人の著作に25年前から注目してきた。必読書である。

(集英社新書、2008年、本体740円)

 

戸田清著『環境正義と平和 「アメリカ問題」を考える』

私の3冊目の単著が刊行された。『ナガサキから平和学する!』(高橋眞司・舟越耿一編)と同じ出版社からである。ここでは章立てのみ紹介する。第1章 環境学と平和学からみた暴力、第2章 環境正義と社会、第3章 水俣病事件における食品衛生法と憲法、第4章 「米国問題」を考える、第5章 原爆投下を裁く国際民衆法廷、第6章 環境と平和をめぐる論考、補章 用語集。

(法律文化社、2009年、本体2400円)

 

西尾漠著『原発は地球にやさしいか 温暖化防止に役立つというウソ』

温暖化防止を口実として原発を推進しようとする詭弁の横行は目を覆うばかりである。原発はウラン採掘から数万年に及ぶ廃棄物の管理・監視に至るまで、大量のエネルギーを必要とする。九州電力・佐賀県・日本政府は今秋に玄海原発でのプルサーマルを始めようとしているが、その使用済みMOX燃料は、500年間も冷やさなければならない(普通の使用済み核燃料は50年間冷やす)。原発は大量のエネルギーを必要とするので、石油がなくなるまでは、大量の石油を消費することになる。発電所から炭酸ガスが出ないという理由だけで温暖化防止に役立つと主張する人々は途方もない嘘つきである。また原発は不安定なので、地震は故障でいつ止まってもおかしくない。夜中は余った電気を捨てないといけない。そこでバックアップのために揚水水力(消費するほうが多い「捨電所」)や火力発電を増やさないといけない。火力の代替に原発がなるのではなくて、原発が増えるときは火力も増えるのである。本書は、「原発増設が地球温暖化防止に役立つ」というウソ(原子力に権限のない環境省までこれに翼賛している)を徹底的に暴いた国民の必読書である。西尾氏は原水禁系の活動家であるが、本書は原水協系でも広く読まれているらしい。

(緑風出版、2008年、本体1600円)

 

成澤宗男著『オバマの危険 新政権の隠された本性』

書店にいくとオバマ演説集をはじめとして礼讃本の洪水である。しかしオバマの周辺には世界恐慌の元凶である新自由主義経済政策を報ずる人々や、イラン戦争をやりたい人たちが少なくない。「史上最低の大統領ブッシュ」よりはましだと言っても、決して安心できないのである。日米同盟は早くなくしてほしいが、世界は超大国アメリカとのつきあいをやめるわけにいかない。オバマ政権の問題点を知るために、是非とも本書を熟読してほしい。なお類書に『オバマ 危険な正体』ウェブスター・タープレイ著、太田龍監訳(成甲書房2008年)というのがあるが、こちらのほうは有益な情報もあるものの問題点も多い(私は『週刊金曜日』2009年3月20日号の「読み方注意1」で取り上げた)。タイトルが似ていて紛らわしいが、成澤著のほうは良書である。くれぐれも間違えないように。

(金曜日、2009年、本体1000円)

 

古川琢也・週刊金曜日取材班『セブンイレブンの正体』

アマゾンのサイトはこう紹介する。「年間24000億円を売り上げる世界最大のコンビニチェーン・セブンイレブン。その高収益の「裏側」はタブーで塗り固められ、大メディアで取り上げられることは決してない。消費者が知らない流通の覇者の実像に迫った。」感想文のひとつはこう言う。「本書は出版物取次最大手のトーハンによって書店取次ぎを拒否されたいわくつきの書籍である。本書が、トーハンの現副会長にして、セブン・イレブン・ジャパンの会長である。鈴木敏文氏が不利益をこうむる内容だからだ、というのが主な取次ぎ拒否の理由だそうだ。」公正取引委員会が優越的地位の乱用の疑いでセブンイレブンの調査に入ったとの報道もまた記憶に新しい。本書もやはり国民の必読書である。

(金曜日、2008年、本体1200円)

 

二宮厚美著『新自由主義の破局と決着』

格差と貧困を激化させ、アメリカ発の世界恐慌でアメリカ以上とも言われる打撃を受けたのは、小泉・竹中構造「改革」と財界の責任が実に大きい。昨年秋のリーマン・ショック以降の新自由主義の破局の鮮明化を見定めながら、進むべき新しい福祉国家の方向性を示した力作である。著者は言うまでもなく日本を代表するマルクス経済学者のひとりである。

(新日本出版社、2009年、本体2200円)

 

中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』

格差、貧困、環境破壊をもたらす新自由主義政策に日本政府のブレーンとして加担した自己を痛烈に反省した懺悔の書である。よく売れているらしい。

(集英社インターナショナル、2008年、本体1700円)

 

ソロモン・ヒューズ著、松本剛史訳『対テロ戦争株式会社 「不安の政治」から営利をむさぼる企業』

アマゾンのサイトはこう説明する。「民間軍事産業と軍や政府との癒着がうみだした怪物=「国防-産業複合体」の腐敗はとまらない。そのすさまじい実態を生々しく描く、気鋭のジャーナリストによる渾身の力編。国家建設の破産、基地民営化の悲惨、民間刑務所の役割、プロパガンダ戦争の深化、傭兵のクーデター、下請けスパイ会社の成長など悪夢のような最新の事例を多角的にレポート。」英国のジャーナリストによる力作。

(河出書房新社、2008年、本体2400円)

 

ロルフ・ユッセラー著、下村由一訳『戦争サービス業 民間軍事会社が民主主義を蝕む』

『対テロ戦争株式会社』と同じく民間軍事会社(PMC)の問題点を克明に調査した力作。こちらの著者はドイツ人である。

(日本経済評論社、2008年、本体2800円)

 

フレッド・ピアス著、古草秀子訳『水の未来 世界の川が干上がるとき あるいは人類最大の環境問題』

アフリカの水危機、アラル海の縮小、黄河の断水など、世界の水環境問題のほぼ全体像がわかる力作。危機の実態を描くだけでなく、提示される処方箋の方向にも説得力がある。著者は英国の有名な科学ジャーナリストである。バーチャルウォーターなどの研究で知られる沖大幹東大教授が解説を寄せている。

(日経BP社、2008年、本体2300円)

 

モード・バーロウ著、佐久間智子訳『ウォーター・ビジネス 世界の水資源・水道民営化・水処理技術・ボトルウォーターをめぐる壮絶なる戦い』

現在、世界では、二〇億人が水不足に陥っている。海水淡水化の施設の多くが原子力発電によって稼働する。健康面に疑問のあるナノ技術によって浄化された下水が、民営化された水道を通して飲用水になる。グローバル水企業が世界の水を支配し、膨大な利益を上げる。巻末には訳者による日本における「ウォーター・ビジネス」の分析。ピアスの本は自然科学的な側面が中心であるが、本書は水不足、水危機につけこんで利益をむさぼる巨大企業の活動や南北格差に焦点をあてる。著者はカナダのジャーナリストで市民運動家。ピアスの本と併読することで、世界の水問題の現状がよくわかるだろう。

(作品社、2008年、本体2400円)

 

 

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