初出『岡本非暴力平和研究所ニューズレター 非核・非暴力・いのち・平和』2巻2号(2008年7月)5頁

書評 戸田清(長崎大学環境科学部、環境社会学・平和学)

『ウラン兵器なき世界をめざして ICBUWの挑戦』NO DUヒロシマ・プロジェクト/ICBUW編、嘉指信雄・振津かつみ・森瀧春子責任編集(NO DUヒロシマ・プロジェクト発行、合同出版発売、2008年4月)本体2381円、A4判、251

 

 劣化ウラン(DU)の「劣化(depleted)」という形容は危険が少ないかのような誤解を与えるが、劣化ウランという言葉はすでに定着している。本書では、「ウラン」と「劣化ウラン」を併用している。日本の商業原発第1号は、英国式の東海1号(1966年臨界、98年廃炉作業開始)で、天然ウラン燃料なので劣化ウランとは無縁であったが、その代わりに使用済み核燃料が英国に送られ、抽出された兵器級プルトニウムは英国の核兵器に転用されたと思われる。米国式の軽水炉は1970年に始まり、現在の55基の原発はすべてそれであるが、低濃縮ウラン燃料で、ウラン濃縮の大半は米国に依存しているので、発生した劣化ウランは米国で兵器に転用されるだろう。日本政府は高速増殖炉もんじゅ(兵器級プルトニウムが生産される)の運転を、事故以来13年ぶりに再開しようとしている。つまり原子力基本法の「平和利用」は最初からずっと空洞化していたのだ。なお、『岩波理化学辞典』で「劣化ウラン」「減損ウラン」は1958年版にはなく、1970年版から登場する。

 原爆と水爆が核兵器として定義されるのでウラン兵器は核兵器ではないが、放射能汚染を起こすので「準核兵器」「放射能兵器」などと呼ばれる。国連の人権小委員会が1996年と1997年の決議で核・生物・化学兵器などと並べてウラン兵器は「国際人道法に反する」とした(183頁)のは当然だ。本書は、2006年のICBUW広島会議とその後の進展(200712月の国連決議採択まで)という形でウラン兵器とその禁止運動の最新情報をまとめた必読書である。ICBUW(ウラン兵器禁止を求める国際連合)は2003年にベルギーで発足した。

 本書を通じて特に印象に残ったのは、ロザリー・バーテル、デニス・カイン、丸屋博らの文章であった。私はウラン238の自発核分裂がウラン兵器被曝にどのような意味を持つのか気になっていたのだが、バーテルは「1ミリグラムのウラン238」が1日に100万回以上アルファ崩壊することに加えて、自発核分裂(年に2回)の際にはアルファ崩壊の時の40倍の大きなエネルギーを出すと指摘する(29頁)。矢ヶ崎克馬も「DU微粒子の直径がもし100ナノメートルであれば、その粒子には約10億個の原子が含まれ、繰り返し細胞の変性を加速する危険性があります」と指摘する(198頁)。単純計算すればナノ粒子1個あたり9年に1回のアルファ線被曝を受けることになる。内部被曝の恐ろしさがよくわかる。湾岸戦争帰還兵カインは、「米国は、ヒロシマ・ナガサキに原子爆弾を投下した時、病んでいましたが、病はさらに重くなっています」としめくくる(65頁)。丸屋は「イラクの子供たちの白血病、がんなどの悪性腫瘍の上昇傾向が異常です。広島の悪性腫瘍の発症との間に大きな差があります。DUの微粉末を吸入する結果もたらされる、アルファ線による体内からの被曝は、ガンマ被曝を中心にだけ考えていた僕らには大きな衝撃でした。広島・長崎で理由の不明であった「原爆ぶらぶら病」をはじめ、なぜ入市被爆者に放射線の急性症状があらわれ、死者まで出る異常が起こるのか?−イラクのDU被害の事実は、こうした点を白日の下に晒したといっていいのでしょう。いま『内部被曝』というキーワードが、原爆被爆の後影響を解き明かす鍵になっていると思います。」(166頁)と述べる。肥田舜太郎も、ウラン兵器被曝者の症状が広島・長崎の入市被爆者の症状に似ていると指摘している(212頁)。

 科学分科会の確認事項(199頁)は、内部被曝、予防原則、立証義務などの位置づけを示しており、大変重要であると思う。バスラのアル・アリ医師らの疫学調査への支援も不可欠だ。

 ベトナム枯葉剤の訴訟では主犯が政府なのに共犯の農薬会社しか被告にできないことを想起すると、2005年提訴のDU民事訴訟で、フェレス原則(軍役中に被った被害に関しては、兵士が軍を訴えることができない)は除隊後の期間における医療過誤を訴えることを妨げないとして、帰還兵のみならず配偶者にも政府を訴える権利が認められたことは、実に画期的だ(228頁)。ところでベルギーがそんなにすごい平和大国だとは知らなかった、対人地雷禁止、クラスター爆弾禁止、劣化ウラン兵器禁止で世界の先陣を切ったのである(230頁)。そういえば前田朗『ジェノサイド論』(青木書店2002年)でもベルギー人道法の意義が指摘されている。本書刊行直後の5月に、ダブリンでクラスター爆弾禁止条約が採択された。DU禁止へ向けての国際世論を高めていかなければならない。

 最後に、本書の末尾にウラン兵器についての文献リスト(特に日本語文献)を入れて欲しかった。


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